人はなぜ旅をするのか 変わる世界と変わらぬ本質

2020.08.03 00:00

(C)iStock.com/BernardAllum

コロナ禍で長期にわたる自粛生活を余儀なくされ、多くの生活者は自由にどこかへ出かけるありがたみや旅の必要性を痛感したはずだ。コロナとの共生のニューノーマル時代へ変わりゆくいまだからこそ、人はなぜ旅をするのかという根源的テーマについて考えてみたい。

 新型コロナウイルスによる感染症の拡大により、多くの人々がステイホーム生活を強いられた。全国民規模で数カ月に及ぶ自粛生活を強いられたのは戦後初の事態といえる。これほど大規模な環境変化が生活者のマインドに変化を及ぼさないはずがない。特に自粛生活とは対立する概念である外出、移動、旅行に関する意識はどう変わったのか。それを探るヒントとなる生活者調査なども発表されている。

 たとえばJTB総合研究所の調査では、外出自粛や渡航制限の解除後にやりたいことを尋ねたところ、国内旅行(40.9%)が1位となり、外食(40.5%)や友人・知人に会う(39.1%)を僅差で上回った。また、コロナ禍の前後で考え方が変化したと感じることとして、「対面や直接のコミュニケーションが大切だ」(29.8%)に続いて「国内旅行をしたいという意識が以前より高まった」(23.2%)が挙げられた。自粛の反動もあって約4人に1人がコロナ禍前より国内旅行をしたい意識が高まったのなら、ある意味で自然な流れでもある。

 いずれにせよ、自粛生活を通じて人々の旅に出かけたいという思いは高まっているようだが、そもそも人はなぜ旅をするのか。この根源的テーマについては以前からさまざまな説明が試みられている。たとえば、人類とはホモモビリタス(移動するヒト)であるという見立てで、そもそも人間が人間たるゆえんは移動することにあるという説明だ。6月23日に開催された「旅と学びの協議会」の第1回勉強会・パネルディスカッションでも立命館アジア太平洋大学(APU)の出口治明学長が、「私に言わせれば人はなぜ旅行に行くかと考えるだけ無駄です。もともとホモサピエンスはホモモビリタスであり、動き回る動物なのです」と解説している。

 アフリカで猿人として始まった数百万年に及ぶ歴史のなかで、常に汎地球規模に移動してきたのが人類であり、ほかのどの哺乳類より広い分布域を獲得してきた。また、現代人の直接の祖先である新人が20万年ほど前に誕生して以降だけをみても、その歴史の95%は狩猟採集に基づく遊動生活を基本としてきた。定住生活に移行したのは農耕革命を起こした約1万年前にすぎない。人類史的視点に立てば定住生活はごく最近のライフスタイルだ。したがって、人間はそもそも移動や旅とは切り離すことができない生き物であり、そのDNAが人間を旅に駆り立てるという考えが成り立つわけだ。

 逆に言えば、必要に駆られて動き回ってきた人間が、定住生活に移行し移動が必要でなくなった後も、移動を文化として育み生活に取り込んできたのが旅であり、「旅は少なくとも1万年の歴史をもつ人間の営みであり、人類の文明や文化は旅とともに形成されてきた面が多分にある」(1993年4月、人間と旅行・その根源的関りを探る研究会報告書より)ということができる。

 このように歴史的な視野に立つと、コロナ禍後は以前とは違うニューノーマルの時代が訪れるという発想がやや近視眼的にも見えてくる。

 たとえば新型ウイルスに対する有効なワクチンが完成すればインフルエンザと同じになり、ニューノーマルがどこまで根本的な変化を促すことになるか疑問を呈する意見もある。オンラインやバーチャル体験の比重の高まりに関しても、従来からある書籍や画像を通じた体験と本質的な変化はないとの指摘もある。むしろ「自ら動くことにより、さまざまな偶然や体験を通じて学びを得られる」(APU・出口学長)という、身体を伴うリアルな体験としての旅の貴重さや価値があらためてクローズアップされる。その認識変化こそが、旅に関するニューノーマルの最も重要なポイントだというわけだ。

【続きは週刊トラベルジャーナル20年8月3日号で】

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