すべてノーカウント

2020.06.22 08:00

 コロナ禍ではツーリズム産業だけではなく、エンターテイメントの世界も大きなダメージを受けている。ライブや握手会は開催できないし夏に予定していた公演も練習ができず続々中止が決まっている。ドラマやCMも撮影ができないため再放送とリメイクで急場を凌いでいる。当社は昔からポケットモンスターなどのアニメを足掛かりに、今では年間10本程度の映画やアニメの製作委員会に参画していて、昨年は「君の名は」に続く新海誠監督の新作「天気の子」の大ヒットに沸いたのだが、今年は参画しているほぼすべての映画が製作できなかったり、公開もできない状態にある。JR東日本が新たに開発した東京竹芝に設置される劇団四季の劇場のこけら落とし公演も延期が決まった。

 映画のエンドロールを見ればわかるように、この仕事は実に細分化されたさまざまな専門領域を持つ小さな会社やフリーランスの集合体でできている。コアとなるライブや映画が存在しなければ、当然彼らに仕事はない。エンタメは旅と同様に不要不急の領域へと追い込まれがちな産業だ。地域のツーリズムに関わる方々同様に、彼らの切羽詰まった声もまた私の元に日々届く。誰にでもできる職業ではないだけに、もし彼らが今の仕事を手放してしまったとき、これまで通り人々に感動や笑いを与えることができるものなのだろうか。自分の無力さを思い知る。

 プロデュース、オーガナイズ、言葉は格好いいが結局それは自分だけでは何もできないという意味だ。歯車の回転が逆に回り始めれば、すべての歯車が逆に回り始める。そのことを恐れる想像力が日々の報道や人々の行動の中に欠けているような気がする。それは事が少し収まりつつある6月に入ってもあまり変化の見られないことだ。

 アイドルグループ、乃木坂46がGWに開催した3日間の無料オンラインライブは最大で1日67万人の視聴者を集めた。映像はDVDでも発売されているかつてのライブを編集したもの。いつか見たはずのものを見るために、時間を決めてパソコンやスマートフォンの前に多くの人々が集った。同じく嵐の「ワクワク学校」。通常は東京ドームなどで行われるキラーイベントをオンライン形式で配信。こちらは有料で、いつでもアーカイブ配信で見られるようになっているのにもかかわらず、リアルタイムの生配信の時間にアクセスが集中し一時はサーバーがダウンした。

 いつでも見られる、後でも見られるこうしたイベントを、開催時間を決めて配信するだけでその時間に集ってくる人々。家にいながらにして思いを同じくした人と同じ気持ち、時間を共有する。だから決まった時間にパソコンやスマホの前に身を正して集う。パフォーマンスするメンバーや関係者から見れば、そこに叫んだり拍手したりする観客はいないけれど、リアルタイムで表示されるカウンターが視聴者の数を伝え、見ながらつぶやくSNSの反応で彼らの熱量を実感する。これがアフターコロナ、withコロナの新しい時代の人と人とのつながりだ。中止になってしまった夏祭りや花火大会でこうして時間を決めたオンライン配信をしながら興味・関心を持つ人を惹きつけることができないかと思案している。

 ツーリズムの世界では長らく「来客数を増やす」が不動のKPIだった。しかし、それががらりと変わった。予期せぬ人出にうれしい悲鳴という言葉はもう使えない。今まで何人来ていたかはすべてノーカウント。入込数などという曖昧な感覚ではなく、本当に心からその地域を旅したいと思ってくれる人との関係をきちんと作りそこにアプローチできた地域が、これから世界中で巻き起こる観光客争奪戦で勝ち残る。

高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役営業本部長 チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。

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