Travel Journal Online

人間は闇より光が好き

2020年6月15日 8:00 AM

 新型コロナウイルスの緊急事態宣言が出され、人との接触機会削減が強く求められた。欧米諸国は強制力を伴う都市封鎖を行ったため、自粛要請の効果が疑われたが、日本国民は想像以上に自発的に行動を抑制した。一方で、営業を強行する店や県境を越えて観光地へ行く人の多さが伝えられ、1カ月間での感染拡大収束にこぎ着けることは難しかった。

 この事態を他山の石として、企業経営にも生かせる2つの学びを得ることができる。1つ目は、社員が経営者目線を持つことを期待するリーダーシップには限界があるということだ。安倍首相は、最少の痛みで最大の効果を得る感染対策は、1カ月間だけ社会活動を思い切り抑制することだと考えた。優れたリーダーは、短期的ではなく長い時間軸を持ち、部分最適ではなく全体最適を考えて施策を練るものだ。

 リーダーは、こうして打ち出された方針には高い合理性というものがあるのだから、集団のメンバーが自発的に従うだろうという期待感を抱く。しかし現実はそうはならない。人々の自己中心的な行動を見たリーダーは、「指示されたことについて励行することは当然として、自分で考えて目的に合致した言動をとってもらいたいものだ」といういら立ちを抱くことになる。

 これは社員に一を聞いて十を知ることを求め、経営者目線を持てと発破をかけている社長と同じ状況だ。だが、社員は社長の目線を共有してはくれない。元も子もない話だが、そもそも経営者目線の理解など社員はできない。経営者が経営者でいられるのは、唯一無二の視点をもって考え行動できるからなのだから、自分の目線の共有を社員に期待するということは最初から間違っている。社員に対しては、より短期的かつ具体的な内容にかみ砕いて伝え、共感を得ていくことこそがリーダーの仕事だ。

 その際、人を危機感で動かそうとする間違いを犯さないことが2つ目の学びになる。「新型コロナは危険だ」「このまま赤字なら会社はつぶれる」「こんな働きぶりだと辞めてもらうしかない」などのメッセージは内容に嘘はないにしても、人を動かそうとするのには限界がある。

 優れたリーダーシップを発揮する経営者が、もれなく健全な危機感を持っているのは間違いない。ただそれは自分にしか見えないビジョンがあるからこそ、危機感を結果として併せ持っているに過ぎないのである。決して危機感を持ったから、リーダーシップが発揮できるようになったわけではない。だから社員に危機感を与えれば行動を変えられるなどと考えるのは、モレスキンのノートを使えばヘミングウェイやピカソになれると言っているのと変わらない。「人間は闇より光が好き」。多くの人間に当てはまるこの真実を、経営者は決して忘れてはならない。

清水泰志●ワイズエッジ代表取締役。慶應義塾大学卒業後、アーサーアンダーセン&カンパニー(現アクセンチュア)入社。事業会社経営者を経て、企業再生および企業のブランド価値を高めるコンサルティング会社として、ワイズエッジとアスピレスを設立。