Travel Journal Online

退散!もったいないお化け

2020年6月8日 8:00 AM

 旅行業の将来に不安を感じる人、92.2%。ツーリズムの某企業内労組が所属組合員を対象に実施した意識調査の最新結果である。概ね5年ごとに実施される調査は、実質的な前身組織時代を含め当法人が集計や分析の業務を受託している。1~3月というコロナ禍に回答を受け付けたことが、件の数値へと押し上げる結果となった。そのような措定もできる。

 ただ、前々回11年調査では96.5%、前回15年は90.1%と高止まりしている。ゆえに時局に因ること以外の根拠も想定されるが、紙幅の都合で分析は他で示す。なお、不安度は「多少不安がある」「強い不安がある」の合算で示しているが、後者の回答率が前回調査から10ポイント以上上昇し、全体の半数近くにまで及んだ点には驚きを禁じ得なかった。

 従事する産業界の将来を多くが案じているのだから、自社経営の将来見通しにも悲観的な意見が目立つ。旅行業の将来を不安視する9割強の人たちを母数とした時、そのうち6割弱が自社の将来を「やや暗い」「かなり暗い」と捉えた。打開策を問う設問において、上位回答かつ2度にわたる過去の調査より回答率が大きく上昇した項目が2つある。それは「異業種との提携など新たな商品開発に力を注ぐこと」と「旅行業で得たノウハウを基に新たな業態へ変革していくこと」。

 それらのような業務の選択と集中を目指すうえで避けて通れない壁の1つに、サンクコスト(埋没費用)の概念がある。もったいない気持ちに恋々として意思決定に影響を与える危険性――。質素倹約精神に則った合理的な金銭支出を望む筆者のようなタイプを、歴史的にドケチと称するそうだが、そのような人間であっても陥りやすいワナ。

 店の外にまで行列ができる人気の飲食店に並ぶ時、列に交ざってわずかのタイミングなら他店へ浮気するのは簡単だ。しかし相応の時間を費やして並んでしまえば、「こんなに並んだし、もう少し待とう」と投資した時間を惜しむことで離脱の意思決定が困難になる。

 そして、筆者の経験上、提供された商品価値がハードルの上がった期待値を超えることはまずない。大して美味くもないラーメンなのに、真上から日が照らすなか30分近く棒立ちで待たされた揚げ句、1000円以上支払い、さらに昼食休憩のリミットを意識しながら最後まで食べねばならない時間までも費やしてしまう。これは悲劇だ。

 こうして、「せっかく××なのだから、もうちょっと△△」と考えることは、新たな無駄さえ生み出してしまう。経営や事業推進において「××」たるサンクコストといかに向き合うか意識することはとても重要だ。宿泊業の経営再建を担うコンサルタントが頻繁にSNSで嘆いている。「これまでに投入したコストや時間に固執するあまり、新たな展開に踏み切れない経営者があまりに多い」と。

 サンクコストは消費をすでに終えているので戻ってくることはない。何事も対象に対して「もったいない」と寄り添う気持ちは尊く、その精神を否定するものではない。しかし、一種の勘違いが別の無駄を生み出すことのほうがもったいないことに気づく必要がある。

 ウェブサイト改修に多額の費用をかけようと、ユーザーに不評ならば再検討する。病院の待合室を彷彿とさせる空虚な店内内装づくりに時間をかけてしまったとしても、時代遅れと気づけば改める。いま、そしてこれから先、何をすべきかを冷静に判断せねばならない。働くものたちは先を見据えている。リーダーが過去という名のお化けにいつまでも取りつかれっぱなしではダメだ。

神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て、ツーリズム関連産業別労組の役員に選出。18年1月、労組を母体とする調査研究組織を一般社団法人として立ち上げた。