博報堂の河西智彦クリエイティブディレクターが語るSNS時代のアイデア企画術

2020.05.18 00:00

アソビューレジャーカンファレンス2020が2月26日に都内で開催され、博報堂でさまざまな企業の立体的なコミュニケーションを手掛ける河西智彦氏が登壇。SNSやデジタルを使ったPR手法と、それらを活用するコツについて語った。

 僕のクリエイティブの特徴は、立体的なメディア設計、情報設計、そして高いクリエイティビティの3つを組み合わせ、人々や地域の感情を動かして売り上げ増を実現することです。

 SNS、デジタルをどう武器にするかということについて、遊園地で考えてみましょう。多くの地域密着型遊園地は、小さい頃には何回か行くけれど、大人になるとほとんど行かなくなります。

 こういう施設で来場者を増やし、売り上げを増やすにはどうするか。大切なのはPRです。記事や報道ニュースの力を借りるようにします。ではそれはなぜか。ちゃんと理由があります。

 すべての人間の心の中には3つのフォルダーがあります。そして情報に初めて接した時に、それらをフォルダーに振り分けていきます。どんなフォルダーかというと、1つ目が「行きたい、買いたい、利用したい」、2つ目は「行ってもいい、買ってもいい、利用してもいい」、3つ目が「行かない、買わない、利用しない」というフォルダーです。

 この3つのフォルダーは僕たち全員の心の中にあります。例えばテレビを見ていて、新しい化粧品やお茶、百貨店などの情報が流れると、皆さんは無意識のうちにその場所や商品を3つのフォルダーに振り分けています。フォルダーへの振り分けは、最初に情報に接した時に行われるので、できたばかりの施設や、まだ認知が低い場所ならば、「行きたい」「行ってもいい」フォルダーに振り分けてくれる人がいます。そして認知向上とともに来場者は必ず増えます。

フォルダーの振り分けを意識する

 問題は認知の高いブランドや商品や施設です。生活者の中では、その施設へ「行く」か「行かない」か「行ってもいいか」のフォルダー分けはすでに終わっています。そして、1回「行かない」フォルダーに入ってしまうと、いくら広告を打っても広告は届かないのです。

 たとえ「行かない」フォルダーに入った施設がどれだけ面白いCMや広告をしていようと、「行かない」は変わらないのです。つまり、「行かない」から「行ってもいい」あるいは「行きたい」へ、フォルダー移動をさせなくては来場者は増えないのです。

 では、どう移動させるのか。その方法は3つありますが、2つ紹介します。1つ目はPR、2つ目がフルモデルチェンジです。皆さんが「行かない」と思っている百貨店でも、周りから「意外と楽しかった」と聞いたり、「行列ができている」という記事を見たりすると、「行ってもいいかな」となりますよね。これがフォルダー移動です。これを起こすために、第三者情報であるPRを使います。

 次がフルモデルチェンジです。フルモデルチェンジしたからといって誰もが買ってくれるわけではありませんが、フルモデルチェンジと聞くと、人はもう一度「買う、買ってもいい、買わない」「行く、行ってもいい、行かない」を審査してくれます。すると「買ってもいい」という人が出てきます。例えば、クルマのフルモデルチェンジはそれに当たります。以前までは「買わないクルマ」だったのに、フルモデルチェンジと聞くともう一度チェックします。それによって「買ってもいいクルマ」「買いたいクルマ」になったりしますよね。

行く理由が2つあると足を運ぶ

 多くの地域密着型遊園地の場合、認知は高く集客は減っています。この事実から、地元の人々の多くが、その遊園地を「行かない」フォルダーに入れていることが分かります。このままでは人は減っていってしまうので、フォルダーを移動させるべくPRの力を借ります。

 例えば、既存のアトラクションに一手間を加え、お金をかけない新アトラクションを考えます。例えば、以前考えたものでいえば、目隠ししてフリーフォールに乗るといったアトラクションです。アイデアがあるアトラクションであればPRになります。PR記事になって話題になることで、「面白そうだから行ってみたい」となり、「行ってもいい」フォルダーに移動できたりします。

 また、お金をかけずに新しいアトラクションを考えるもう1つの理由は、僕が発見した人を行動させるコツにつながっています。それは「行く理由が2つあると、人は足を運ぶ」ということです。

 例えば温泉だけでは行かなくても、温泉とアウトレットがあれば「行ってもいい」となる。そこへ行く目的が1個よりも2個になると、動く人の数は全然変わってきます。なので、新しいアトラクションを考えることで、PR露出と同時に「行く理由」づくりもしているのです。

 こうして、目隠しをしてフリーフォールや、英会話や開運のお経を聞きながら乗るジェットコースター、コラーゲン入りの水を撒く「水かけ祭り」など、いろいろなアイデアを考え、施設側の寛大な協力もあり、実現しました。狙い通り、多くのアトラクションはウェブニュースや全国放送の情報番組にも取り上げられ、結果来場者数が増えました。皆さんの施設だったらどんなことができるか、を考えてみてください。ひと手間を加えたり、何かを制限するだけで面白い遊びになったり、バカバカしくなったりします。実は、このバカバカしいというのもPR獲得には重要だったりします。どんな感情を動かすか設計する

 それはなぜかといえば、「何かしらの感情を動かすと、PRになったり、口コミが増える」からです。人の感情は喜怒哀楽だけではありません。笑いひとつとっても、爆笑、クスリとする、シュールなど感情はいろいろ違います。そして、「面白い」「バカバカしい」「かわいい」「キュンキュンする」「かっこいい」などの感情が動けば、人に伝えたくなります。そして口コミ拡散が始まっていくのです。一方で「気持ち悪い」「不快」「ムカつく」といった負の感情が動くとそれが伝播してPR記事になり、炎上したりします。

 このSNS時代とは、「感情が伝播していく時代」ともいえるのです。皆さんも最近覚えている動画や広告、ニュースなどを思い出してみてください。そこでは何かしらの感情が動いているはずです。そして、感情が動かないものは、人に言うこともなく、覚えることもないのです。PRについても同様です。記者も1人の人間なので、記者の感情が動かないものは記事にはなりにくいのです。

 このように、たとえ「バカバカしい」であっても、何かしらの感情を動かすことで、PR記事になったりSNSで伝播したりします。つまり、PR記事を獲得したりSNSで拡散したりするために、「どんな感情を動かすのか」を最初に設計しておくのがポイントになります。この現代、SNSと集客はかなり相関関係があり、SNSは絶対に活用するべきメディアだと思います。ですが、ただ発信するだけではあまり意味がありません。

 さきほど言ったように、SNSは見た人の感情が動かないと拡散しないので、できれば他にないものを考えてください。僕たち生活者は毎日数百個のコンテンツを浴びており、ちょっとやそっとでは感情は動かないというのも事実です。

ネガティブ要素のプラス面を考える

 感情を動かすこと以外に、皆さんにはぜひ、ネガティブな要素のプラスの側面を最初に考えていただきたいと思います。炎上はもちろん起こらない方がいいのですが、炎上というネガティブな要素でも炎上後は注目度が高く、次の広告が拡散されやすいというプラスの側面もあります。また、集客が落ち込んでいるというネガティブな要素も、プラスに考えれば「自虐ができる」ということになります。

 予算がないという話もよく聞きますが、お金がなければ「アイデアに頼ろう」と全員が腹をくくることができるというプラス面があります。そして地域の施設だと、地域は大したことができないと諦めている方も多いかもしれません。ですが地域には、東京ではできないアイデアも実現しやすいという大きなプラス要素があります。地域のメディアにも取り上げてもらいやすいプラスもあります。いまは地域メニューがヤフーに転載されるので全国ニュースになりやすく、地域だからとネガティブに捉えるのではなく、ポジティブに考える意識を持てば、ビッグチャンスが転がっているのです。

決済ラインの人はSNSに触れておく

 最後にSNS、デジタルでコミュニケーションをしていく上で大切なポイントをお話しします。まず、レジャー施設などに関しては、通常のウェブ広告ではよくある、コンバージョン(SNS拡散やウェブ施策がどれだけ集客に結びついたか)を厳しく求めないことが重要です。レジャー施設に人が来る・来ないが決まる要素は非常に複雑で、ウェブ広告を見たからやってきたとはなりにくい。つまりコンバージョンが測りにくいのです。

 なので、予算を管理する企業の上の方が「ウェブやSNSで予算をこれだけ使うからこれだけ人を呼んでほしい」と現場に結果を求めすぎると、だいたい現場は拡散を狙わずにペイド広告に予算を使うことになります。そして、結果が出なくなります。

 もう1つ大切なポイントは、企業の決裁ラインのすべての人がSNSを知っているということです。SNSには拡散しやすいSNS話法というものがあったりします。ただし、決裁者の皆さんがこれについて知らないと「これ、何がおもしろいの?」などと止まってしまったりします。デジタル、SNSを活用したいと考えるなら、企業の上の方々もSNSに触れた方がいいと思います。

かわにし・ともひこ●1976年生まれ。一橋大学卒業。さまざまな手法と感情設計でクライアントの売り上げ増と面白さを両立するコミュニケーションを行う。関西の老舗遊園地や閉園した北九州のスペースワールド、姫路セントラルパークなどの地域クライアントやレジャー施設の売り上げ増にも貢献する。著書に『逆境を「アイデア」に変える企画術』(宣伝会議)。

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