ズームイベントで考えたオフラインの価値

2020.05.18 08:00

 英国下院議会でオンラインのテレビ会議システム「Zoom(ズーム)」が採用された。一方、セキュリティー面の脆弱性が指摘され、ズーム社はいま大慌てで対策を始めている。米国では19年末に1000万人程度のユーザーが、新型コロナウイルス感染症流行後の今年3月には2億人超に激増したという。世界的にはもっと利用者が拡大中だ。私もにわかユーザーの1人である。

 以前から、スカイプや LINE電話などテレビ電話は一般化していた。しかし、ズームの魅力は単なるテレビ電話機能ではない。コロナ禍によってテレワークが一般化するなか、世界中の多拠点を同時につなぎ、スケジュール・参加者管理、画面共有機能、ブレークアウトルーム機能(数十人の全体の会議参加者を分割して、数名程度参加の分科会も運営できる)など、かゆいところに手が届くサービスが提供される。ビジネス利用は有料だが、40分までなら無料で利用可能だ。

 すでに数カ月前から取引先などとの少人数でのズーム利用経験はあったが、今回初めてズームを活用した30人規模のオンライン勉強会に参加した。上述の機能によって、登壇者はサムネイル状に並んだ各参加者の顔の映る窓とは別に、自分の PC画面上のパワーポイント等を参加者と共有しながら、プレゼンテーションできる。驚いた。そして啓発された。

 主催者側がズームの機能を知悉していて、各機能を駆使し勉強会が盛り上がるよう工夫していた。リアルな勉強会やフォーラムでも全体会だけでは面白くない。自分が興味を持った分野は自らも発言し、双方向の対話がしたくなるものだ。勉強会ではブレークアウトルーム機能を使って巧みに小グループ分けされ、各自登壇者の発表へのコメントを披露した。「リアルの勉強会に比べて何の遜色もない」というのが偽らざる私の本音だった。

 さらに圧巻だったのは勉強会後の交流会、いわゆるZoom呑みであった。こうしたネット飲み会の存在自体は知っていたが、参加するのは初めてだ。サムネイル状の画面を並べみんなで乾杯し、記念撮影(画面キャプチャ)し、居酒屋のテーブル談義のように初顔合わせの人々とブレークアウトルームで打ち解け、最後はネット一本締めで終わった。

 こうした機会に何度も触れている人も多いだろうが、私は遅ればせながらネット飲み会の醍醐味も初めて堪能した。また、今回のネット勉強会・交流会の最中にはフェイスブックで友達申請を多数受け取り新しい友達もたくさんできた。リアルと比べ何の遜色もない、いやそれ以上のネットワーキングがあった。

 このズームイベント体験を通して、リアルの価値、オフラインの価値についてあらためて考えてみた。そもそもツーリズムとは究極のオフライン体験である。オフラインの体験には場所性が外せない。オンライン上には音(声)と画像しかない。聴覚と視覚だけだ。

 一方、オフラインの体験はその場所を五感のすべてで体感できる。視覚・聴覚に加えて、嗅覚(匂いと香り)、味覚(美味しいご当地の食事)、触覚(触るだけではなく気温や風を感じる感覚)を総動員して味わうことができるのだ。今後はオンラインのコミュニケーション技術の急速な進化に負けない、オフラインでしか味わえない本物の旅の魅力創造こそが最重要になる。

 「いまだけ・あなただけ=一期一会」、そして「ここだけ=場所性」。季節や時間のうつろいと共に変化するリアルなオフラインの空間の魅力を提案し、これをオンラインの力を借りて世界に喧伝していくのだ。

中村好明●日本インバウンド連合会(JIF)理事長。1963年生まれ。ドン・キホーテ(現PPIHグループ)傘下のジャパンインバウンドソリューションズ社長を経て、現在JIF理事長として官民のインバウンド振興支援に従事。ハリウッド大学大学院客員教授、全国免税店協会副会長。

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