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藤原帰一東大教授が語る「動乱の世界、大統領選後のアメリカと日本」

2020年3月2日 12:00 AM

前回の米大統領選挙でヒラリー・クリントン氏の勝利を予想したという東京大学未来ビジョン研究センター長で法学政治学研究科教授の藤原帰一氏。一流の専門家でさえも予想外の結果となり、以降、世界情勢はますます混沌としている。次の選挙は世界にどんな影響を与えると見ているのか。2月7日のトラベル懇話会例会で語った。

 米国の次の大統領選挙は、トランプ氏の支持率が50%を割っていることもあって民主党有利という見方があります。しかし、トランプ氏の支持基盤は極めて固く、対する民主党の支持層は「トランプを落としたい」という点では一致しているものの支持基盤が弱いのが実情です。

 民主党の候補者は、バイデン氏、サンダース氏、ウォーレン氏が有力とされ、先日のアイオワ州の党員集会ではブティジェッジ氏が注目を集めることになりました。しかし、ブティジェッジ氏はアイオワでは勝ちましたが、一般受けは難しく、このまま民主党の大統領候補になることはないでしょう。弱さを露呈してしまったバイデン氏は、仮に3月のスーパーチューズデイで勝ったとしても、もう弱い候補だというイメージが定着しました。民主党候補がバイデン氏であってもサンダース氏であっても、支持率40%台にとどまるトランプ氏が本選挙で勝つことは十分に考え得ることです。

 大統領選挙の結果は、支持率うんぬんよりむしろ経済指標に左右されると考えられます。リーマンショック以降、米国経済は堅調に推移していますが、景気にはサイクルがあり、どこかの時点で必ず下降サイクルに入ります。多少の下降で大統領選が左右されることはありませんが、大きく下降した場合は現職不利となるのは間違いありません。過去の選挙と経済指標の関係性を見ると、例外なくそのような関係性が見られます。

 歴史的に見ると、世界的な動乱は大国の覇権が交替するとき、あるいは大国が衰え覇権から引き下がるときに起こります。現在でいえば米国の動きが当てはまります。防衛と貿易体制で主導権を維持し、他国と同盟を形成するという大国の立場から引き下がろうとしています。一方で中国が覇権を狙って台頭しつつあります。

経済摩擦がリスク要因

 世界的動乱のもう1つの要因は経済危機です。世界経済がショックを受けると各国が貿易保護主義に走りますが、市場確保を目指して軍事対立が起きる危険性が高まります。国際政治は国家を動かす各国の指導層の信頼関係によって決定的な対立を避けている面がありますが、その指導層が国内政治の受けだけを狙った対外政策を取れば動乱につながります。かつてイタリアのムッソリーニが国内支持を高めるためだけに行ったエチオピア侵攻や、アルゼンチンの軍事政権が失った支持を挽回するために行ったフォークランド侵攻などがそれに当たります。

 米国は覇権維持のコストに耐えられなくなり、多大な予算を割く防衛費の負担を同盟国に求めています。貿易に対する姿勢も変わりました。たとえばかつての日米貿易摩擦では、交渉の始めの段階で米国が市場を保護する姿勢を打ち出しても、次の段階では日本に市場開放を求めるという流れになり、最終的には米国が保護主義に走ることはなかった。ところが、トランプ政権ではこれをたとえば中国に対してやってしまいました。

 米国はクリントン政権以降、中国に対しては寛容政策をとってきました。圧力をかけるのではなく、人、モノ、金のつながりを強化してエンゲージを拡大することで、共産党支配・独裁・統制経済の中国を変えていこうという政策でした。しかし、結果的に中国は西側が望むように変わることはなく、むしろ軍事力と経済力を付け、西側に妥協する必要がなくなったわけです。習近平政権は国家の最高権力機関である全人代を通じて、中国の優位を世界中に認めさせる政策を展開する方針を表明しています。

 米中貿易戦争は現在、短期的な合意形成が図られ、関税の引き上げ競争は一段落しています。しかし、合意内容の実現には限界があり、必ず違反が起き、再び関税引き上げが浮上します。そうして関税の高止まり状態は解消されません。この経済的摩擦が軍事問題とリンクすると大変なことになります。

 オバマ政権では、中国に対してエアシーバトル戦略に基づき軍事的圧力をかけましたが、結果的に南沙諸島や西沙諸島における中国の軍事活動を止められませんでした。米国が軍事的優位であろうが本土を巻き込む戦争の選択肢があり得ない以上、抑え込むことはできないのです。そしていま、中国のサイバーテクノロジーの強化が米国の軍事的脅威になりつつあります。

ポピュリズムの台頭

 ポピュリズムの台頭も動乱につながります。ポピュリズムは学術用語ではなく定義も曖昧ですが、デモクラシーがうまく機能しない状況において出現する一種の病理現象といえるでしょう。ポピュリズムには、国家の指導層として政治を動かしてきたエリートを排除し、反エリート主義によって既存国家に対抗する狙いが込められています。英国のボリス・ジョンソン首相は、名門貴族の出身でありながら、エリートが牛耳る政治を変えるというレトリックで政権の座を得ました。

 また、ポピュリズムは土着主義でもあり、多数派の伝統を賞賛し、マイノリティーを排除する傾向にあります。さらに法の支配の否定、権力委任の拡大解釈によって、何をやっても構わないという独裁主義的な考えをします。そして、反グローバリズム。つまり、エリート主義としてのグローバリズムの否定です。

 こうしたポピュリズム台頭の背景には、グローバル化による経済格差の拡大、先進国における人々の経済格差拡大とミドルクラスの崩壊があります。また、貿易の衰退も影響しています。経済が右肩下がりの状況では、GDPに対する貿易の貢献度が下がり、保護主義の台頭につながるわけです。

 世界は動乱の危機を迎えつつあります。米国の大統領選挙がどのような結果になるかは五分五分の状況でわかりません。しかし、トランプ政権が続いた場合は、世界的な動乱が迫っている現在の危機的状況も変わらないことになるでしょう。

ふじわら・きいち●1979年東京大学法学部卒業後、同大学院法学政治学研究科へ進み、フルブライト留学生としてイェール大学留学。帰国後は東京大学、千葉大学の助教授などを経て99年東大法学政治学研究科教授。海外の複数の大学で客員教授などを歴任。石橋湛山賞受賞の『平和のリアリズム』(岩波書店)など著書多数。