コネクテッド・トラベル戦略策定の拠点へ

2020.01.06 00:00

ブッキング・ドットコム アムステルダム本社見学記

 10月29日、世界最大のOTAであるブッキング・ドットコム主催のアムステルダム本社見学プレスツアーに参加した。世界最大だけあって、規模も内容もさすがにすごいOTAだ。

 ブッキング・ドットコムの親会社ブッキング・ホールディングスは年商約10兆円(18年932億ドル)、純利益約4300億円(40億ドル)、時価総額約9兆2500億円(862億ドル)のブルーチップ(米優良銘柄)である。従業員数は150カ国から採用した1万7500人、平均年齢32歳、女性比率50%以上と雇用のダイバーシティーにも気を配る。ブッキング・ドットコムは総事業収入の大半を稼ぐホールディングスの中核企業である。経営の指揮を執るのがCEO兼社長のグレン・フォーゲルだ。

 ブッキング・ホールディングスは05年のブッキング・ドットコム(オランダ)買収を皮切りにオンライン旅行会社を連続買収、世界のオンライン旅行市場で圧倒的なシェアを席巻するグローバルOTAに成長した。グレン・フォーゲルはアゴダ(タイ)の買収を指揮監督するなど、現在のブッキングHDをここまで成長させた世界のオンライン旅行業界の辣腕経営者の1人である。

ブッキングHDの指揮を執るグレン・フォーゲルCEO

 驚いたことにそのグレン・フォーゲル自らが、われわれ日本からの取材陣に対して冒頭のプレゼンテーションを行った。彼のビジョンと戦略は極めて明確だ。「旅行を容易化する(Making travel easier)」ビジョンを前進させていると力強く語った。そしてコネクテッド・トラベル戦略を展開し、ホテル予約から航空、タビナカのE2E(エンドトゥーエンド)のトラベルエクスペリエンスなどをつなげた旅行のパーソナルな提案をすることに努力していると説明した。

 コネクテッド・トラベル戦略の遂行については、プロダクト・代替宿泊施設・タビナカ・テクノロジー・CSR(企業の社会的責任)の5つの部門責任者がそれぞれの取り組みについて説明した。

プロダクト・ポートフォリオ

 ブッキングHDのプロダクト・ポートフォリオは、旗艦サイトのブッキング・ドットコムに加え、アゴダ(宿泊施設中心)、カヤック(航空中心メタサーチ)、レンタルカーズ・ドットコム、オープンテーブルと多岐にわたる。最近では、法人旅行テックプロバイダーを買収するなど、法人旅行市場への参入も強化している。

 ブッキング・ドットコムでは世界228カ国・地域約14万5000都市の150万軒2900万室以上の宿泊施設を網羅、世界70カ国で43言語のサイトを用意する。現地決済可能で直前キャンセル無料の宿泊施設を多数掲載するのが特徴だ。09年に日本オフィスを東京に設立。現在、北海道から沖縄までに6つの事務所を設ける。

 訪日インバウンド旅客増加を追い風に、今では日本人アウトバウンドに加え国内旅行予約も増収に大きく貢献。日本市場はブッキングHDにとって最重要市場の1つになっている。何と、日本市場の予約件数のおよそ半数を、日本人予約が占めるほどに急成長しているという。

 また、最近では民泊を含む代替宿泊施設のインベントリーを620万室以上集め、到着ベースの総宿泊者数30億人の約40%(7.5億人)が、この施設を利用した経験を有している。民泊、バケーションレンタル、短期アパートメントなど幅広いタイプの取り揃えと、即予約(インスタントブッキング)できる施設が大半を占めるのが特徴だ。

 タビナカプロダクトのブッキング・エクスペリエンスについても注力している。タビナカのエクスペリエンスそのものが旅の目的であり旅の真髄であるからだ。ブッキングHDはサプライヤーの分散化が激しくオンライン予約の導入が遅れるこの市場で、オンライン化の促進、割引料金や列に並ばないで済むサービスの提供、決済の容易化などに腐心する。

 シンガポールの配車サービスのグラブとの提携をさらに促進させ、10月からはブッキング・ドットコムのアプリでグラブの予約を可能にした。中国の滴滴出行(ディディチューシン)に加え、2番目のアジアにおける配車サービス展開となる。同じく10月には、eトラベリと提携して欧州7カ国で航空便予約のテストを開始する。これらを含め、目的地情報1億5000万件以上を取り扱う。

テクノロジーと顧客サービス

 ブッキングHDの強みは世界最大の予約数とそれに伴う膨大なデータだ。膨大なデータを分析して顧客に最適なパーソナル旅行を提案するためには、高度なテクノロジーが不可欠となる。このためトラベルテック部門には、総従業員の約15%の2500人の精鋭が配置されている。

 アムステルダムに加え、テルアビブと上海にテックセンターを設け、ビッグデータの解析、サイトの使い勝手やモバイルアプリの改善、決済オプションの容易化や多様化、顧客サービスのチャットボット開発などに取り組む。この他、1日あたり1000回以上のA/Bテストを繰り返し、サイトの改善を通じてコンバージョンの向上(すなわち増収)に努めている。レスポンス効率を高めるA/Bテストのおかげで、旅館の1泊2食サービスに関する説明を掲載するように改められた。プレゼンテーションでは、A/Bテストとリサーチ部門のフォーカスグループによるマーケティング活動の実際が披露された。

 テクノロジー部門では、AI(人工知能)やマシンラーニングを駆使、顧客サービスのイノベーションにも取り組む。チャットボットにより、単純な問い合わせに自動回答するサービス「ブッキング・アシスタント」が利用可能で、現在、12カ国語の予約に関する問い合わせの60%をボットが英語で自動回答している。

 顧客サービス部門には、全従業員のほぼ5割を占める8000人を配置。欧州5カ所、米国5カ所、日本を含むアジア7カ所の合計17カ所で、24時間無休の多言語顧客サービスを提供する。

 持続可能なツーリズムにも取り組んでいる。9月にはOTAやメタサーチ、クレジットカード会社など4ブランドと共同で、世界中の持続可能な観光プロジェクトを促進するグローバルパートナーシップTRAVALYSTを結成した。そしてブッキング・ブースタープログラムを立ち上げて、持続可能なツーリズムに取り組むトラベルテックの新興企業育成を支援する。

ミーティングスペースの壁にはスタッフとのつながりを示す絵も

 ブッキング・ドットコムのアムステルダム本社(元オランダ銀行の本社社屋)には約5000人が勤める。オフィスのレイアウトは、この会社のフラットな組織による経営スタイルを実践するための数々の工夫が凝らしてある。社員間の意思疎通を円滑にするため、CEOをはじめとする全役員は個室を持たず、随所に大小取り混ぜたミーティングスペースが数多く散在する。宗教上のための瞑想する部屋も用意、仕事の疲れを癒やすための玉突きなどゲームスペースもある。そして自転車大国オランダを反映して、地下には従業員用の自転車置き場も作られる。21年には現在建設中の新社屋に移転する。

 今回のブッキング本社見学を通じて、世界最大OTAのすごさをあらためて認識させられた。誰にも負けない2つの能力(顧客サービス+トラベルテック)と、誰にも負けない2つの強み(世界最大のオーディエンス+膨大な顧客データ集積とその分析力)はなるほどと十分うなずける。そして、サービスマーケティングの大原則である「良い顧客サービス(CS)は従業員の高い就業満足度(ES)があって初めて達成できる」を実践して、従業員を大事にしているOTAだ。

牛場春夫●フォーカスライト日本代表、航空経営研究所副所長。日本航空で主に事業計画、国際旅客マーケティングを担当。05年に退職し現職に就く。海外旅行流通・航空事業の情報収集と研究を行うTD勉強会を組織。