何かお役に立てることはありませんか

2019.12.16 08:00

 広告業とは完全なる黒子の仕事で、テレビのCMを作ったからと最後に社名を入れられるわけでなく、イベントの現場を取り仕切っていてもあからさまに社名を出すこともない。かつて同じ代理店と呼ばれた旅行業が、添乗員の旗やバスのステッカーにつける社名のロゴでさりげなく自己主張する世界ともまた違うものがある。

 このマーケティングやコミュニケーション、広告を作るという仕事は1人、あるいは1社で完結するプロジェクトは全くない。絶えず多くの協力会社とその社員の方々に支えられ、その数は大変多い。多いことだけは共通だが、ほぼ内輪で完結してしまう鉄道の仕事とは同じJRを名乗っていながら最も異なる点である。

 CM制作ひとつとってもキャスティングや撮影場所の選択、メイクにスタイリスト、それぞれのプロ集団が1つのディレクションの中にまとまり、1つの仕事を仕上げてはまた別のチーム編成で仕事をする、の繰り返し。プロとしての仕事ぶりは本当に敬服するし、時として自身のこだわりを捨ててでもお客さまの要望に沿った対応をするさまは、決して表に出ることのない仕事だけに何かの光を当てたいと思うが、本懐でない、とそれを遠慮する姿もまた心打たれる。

 こういう業態なので、私のところにはさまざまな分野のさまざまな方々がお見えになる。もちろんDMOや旅館の経営者をはじめ、ツーリズム産業の方々といまだに多くのご縁があり、むしろ異なる業界に移ってからのほうが広がっている感じがするが、昨今多い出会いはデジタル系ベンチャー、今風に言うとスタートアップの若き経営者たちだ。彼らの目はらんらんと輝いていて、希望と自信に満ちあふれている。自社とその製品のプレゼンには淀みがない。そんな出会いから具体的な協業や実証実験にこぎつけたケースも多数ある。われわれにはない、さまざまな有形無形の効果をもたらしてくれている。

 一方で残念なケースも多数ある。それは決まってひととおり製品もしくは技術の紹介を終えた後で、「何かお役に立てることはありませんか」「何か一緒に面白いことやりませんか」と早々にこちらに振られるパターンだ。

 私はその製品や技術を売り込む代理店を買って出たわけではないし、面白いことをするのが仕事でもない。ましてや今プレゼンを受けた製品や技術が他と比べてどう秀でているのかも質問していない。富山の薬売りが軒先で薬箱を開いていきなり、「何かお役に立てることありませんか」と聞くだろうか。普通はまず病気かどうか、どんな症状かを聞くのが先ではないか。すべてを開示しているわけではないが、われわれがどんな領域でどのような仕事をしているかはインターネットを見れば多数出てくる。もちろん私自身が何者であるかもある程度わかる。病気かどうかはわからないかもしれないが。

 広告はそもそもお客さまのモノをたくさん売りたい、ブランドの知名度を上げたいという課題の解決手段だ。それが今は地域の課題である人口減少や観光誘客や伝統産業の担い手不足、あるいはオーバーツーリズム問題などの解決へと幅が広がっているが本質は同じ。すべては課題把握と解決解の案を導くのが先だ。なんとなくではあるが、日本中で情報化が進むのと逆に現場の課題把握力はどんどん低下している気がする。

 近代旅行業も「禁酒大会を盛り上げる」というお客さまの課題を、「列車を貸し切る」という旅で解決しようとトーマス・クックが試みたのが始まり。どこにホールがあるかわからないでするアプローチなどあり得ない。でも、あちこちに無駄な球が転がったりはしていないだろうか。

高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役営業本部長 チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。

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