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『バルカン「ヨーロッパの火薬庫」の歴史』 当を得た読み解きで立ち位置クリアに

2019年11月25日 12:00 AM

マーク・マゾワー著/井上廣美訳/中央公論新社刊/920円+税

 旧ソ連圏を旅するのがマイブーム。この10月は、バルカン半島のボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、コソボ、アルバニアへと出かけた。

 「ベオグラードを普通にひとり旅できる日が来るなんて……!」

 しみじみすると同時に、サラエボやコソボがえらく観光化が進み、ツーリストだらけなのにちょっとびっくり。

 銃弾の跡が生々しく残る町並み、鉄条網で守られた教会など、紛争の跡は残るものの、いまは治安も比較的良く、物価も安く、移動しやすく、人も明るく親切で見どころもいっぱい、といいことづくめのバルカンの旅なのだった。

 と、単なる旅の自慢になってしまったけれど、旅のいい相棒になってくれた本をご紹介しよう。ヨーロッパの辺境ともいえる小さなエリアがなぜ「火薬庫」と呼ばれる戦乱の絶えない地域になったのか。世界的な歴史家がその成り立ちからオスマン帝国時代、独立、共産主義時代、そして現代に至るまでの歴史を俯瞰して分析している。エリアの歴史がある程度頭に入っていないとちょい難しいが、持参した「地球の歩き方 中欧」の巻末に掲載された概説が理解を助けてくれた(ガイドブック、こういうときに意外と役に立つ)。

 民族紛争、宗教闘争だとふんわり考えていた近年のバルカン情勢だったが、ここでいう「民族」意識は後付けで西欧列強が植え付けた思想、という読み解きにはなるほど納得。長年オスマン帝国の支配下にあってイスラムも正教も混在したまま、貧しくもなんとか共存していた農業地帯の人々を近代国家という概念が揺り動かしてしまったのだ。いま、中東で起きている終わりの見えない紛争と非常に状況が似ている。読了後はしばし考え込んでしまう、バルカン半島諸国の立ち位置を知るのに格好の一冊。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。