珠玉の1冊 キーパーソンの書棚から

2019.11.11 00:00

いま私たちは何を道標にしたらいいのか。キーパーソンが選ぶ珠玉の1冊に学びたい
(C)iStock.com/Maartje van Caspel

観光の時代といわれながら、観光事業者にとって先行きが見通しにくい時代である。これまでのビジネスモデルが音を立てて崩れ始めているからだが、一方で虎視眈々と商機をうかがう猛者もいる。いま私たちは何を道標にすればいいのだろう。読書の秋恒例の選書企画。キーパーソンが選んだ珠玉の1冊に学んでいきたい。

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ著(新潮社)

 黄色い表紙とちょっとひっかかるタイトル。本屋で何気なく手にした読みやすいエッセイは、数ページ開くと多様性をもった社会の深さと未知の現実世界が広がり、ぐいぐい引き込まれた。

 「何が正しいのか・正しければ何でもいいのか」。帯にあった言葉は何度も問いかけてきた。

 本書は英国の元底辺中学といわれる公立校に入学した息子の日常が、母親の視点と社会背景の洞察を織り交ぜ描かれる。タイトルは、日本人の母親とアイルランド人の父を持つ息子の宿題の片隅にかかれていた言葉だという。子供の世界とはいえ、貧富の差、人種差別、ジェンダー、教育、ホームレス支援、FGM(女性器切除)、いじめ、デモ参加等々凝縮され、まるで大人社会の課題の縮図のようだ。そしてその1つ1つが生活感あふれる日常で、そこがこれまで読んだ本と異なった。

 はっとすると同時に寂しいと感じる章がある。著者が息子を連れて里帰りした時のこと。レンタルビデオ屋での本人確認や居酒屋での出来事が描かれる。言葉1つで怪しい人とレッテルを貼る人たちや、日本語の話せない子供に日本人の親なら日本語を教育して当たり前という酔客。自分の国に誇りを持つことは素晴らしいが、その価値観や常識がすべてだという思い上がりが凝縮されていた。ありそうな日常の1コマだけに「PM2.5が飛んでいることより、日本経済が中国に抜かれることより、自分が生まれた国の人が言った言葉を息子に訳してあげられないことのほうが、わたしにはよっぽど悲しかった」という最後の一文が刺さった。

 日本は震災後、外国人観光客数は急拡大し昨年3119万人を超えた。今年も韓国を除く多くの国から観光客が増加、特に地方の観光客増は著しい。仕事柄いろいろな地域に足を運ぶが、明らかにローカル電車や地方駅で外国人観光客と出会うことが多い。観光客増加を喜ぶだけでなく、異なる文化の人たちとの交流をわれわれは楽しみ、尊重しているだろうか。ふと、そんな気持ちになった。

 インターネットが普及し、情報は瞬時に世界をつなぎ、海外との通話も無料ででき、素材や商品も世界を駆け巡る。その一方で人間の本質はあまり変わらない。

 今、ブレグジットで揺れる英国。英国だけではない。多くの国が政治、経済、宗教等々不安定さを抱える。重いテーマがこれでもかと出る一方、読み終えた後は爽やかだった。それは複雑な日常を当たり前のように乗り越える子供たちの強さや未来への鋭い目線だったりするかもしれない。彼らの日常をワクワクドキドキしながら読んだ。

【続きは週刊トラベルジャーナル19年11月11日号で】

鎌田由美子●ワングローカル代表取締役。東日本旅客鉄道でエキナカビジネスを立ち上げJR東日本ステーションリテイリング社長を務めたほか、地域活性化・子育て支援事業などを担当。15年からカルビー上級執行役員。19年4月、地域活性を目的にONE・GLOCAL(ワングローカル)を設立し現職。

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