日本財団パラサポの金子ディレクターが語るアクセシビリティ

2019.11.04 00:00

東京観光財団(TCVB)は10月8日、観光事業者らを対象とするTCVBミーティングを開き、日本財団パラリンピックサポートセンター推進戦略部の金子知史ディレクターがパラリンピック開催国の取り組みや日本の現状を説明し、アクセシビリティ対策について語った。

 日本財団パラリンピックサポートセンターは東京パラリンピック開催決定をきっかけに、福祉事業にも力を入れる日本財団が15年6月に新たな団体として設立しました。「私たちは、スポーツを通じて社会を変えます。一人ひとりの違いを認め、誰もが活躍できるD&I社会へ」をビジョンに掲げ、教育・研修プログラム提供やメディア発信といった啓発、約30ある競技団体の支援などの基盤強化などを行っています。

 D&Iとは、ダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包括)のことを指し、アクセシビリティ向上はD&Iを推進することにつながります。D&Iの推進はGDP(国内総生産)が上がるとされるなど、いいことなのは分かるけど、企業の現場レベルではその必要性について疑問に思われる向きもあるかもしれません。

 しかし、社員一人一人が「目が見えなかったり、車いすのお客さまに快適に過ごしてもらうには」「耳の聞こえない同僚とコミュニケーションをうまく取るには」と考えることで、創造力や想像力を伸ばし、チームビルディングの機会としても有効です。高齢者や子供にとっても使い勝手が良くなり、障害者の当事者の視点を巻き込むことで、これまでにないビジネスを展開する可能性が出てきます。例えば、シャンプーとリンスを見分けるための凹凸、車いすユーザーにとって使いやすい自動販売機などです。

 飲食店でも障害者対応が十分されていれば、ベビーカーや年配の方が増えるでしょう。また、大勢が集まる懇親会でも、参加者に障害者がいた場合、ユニバーサル対応が進んでいる飲食店を選ぶはずです。障害者のためのみならず、周囲の人を含めた誰もが対象になりえるのです。CSR(企業の社会的責任)の高まりを踏まえれば、ブランド価値や顧客好感度アップにもつながります。つまりD&Iは、一人一人の利益にしっかりとつながり、それが社会全体の利益になるのです。

成功した英国大会

 12年のロンドンパラリンピックの取り組みはとりわけ成功事例として紹介されます。その要因の1つが、革新的なテレビCM「Meet The Superhumans」が国内で支持されたこと。障害の部分や、事故の映像も包み隠さず紹介し、こうした苦難を乗り越え、スポーツで活躍する人というメッセージを打ち出した映像は「スーパーヒューマンに会いに行こう」と空前のパラリンピックブームを起こしました。国内の教育プログラムの導入でパラリンピックに興味を持つ子供が増えたこともあって、観戦チケット280万枚が完売しました。ゲームズメーカーと呼ばれる大会ボランティアも会場の盛り上げに貢献しました。

 こうしたおかげでまちなかのバリアフリー化が加速、12年以降の英国の障害者雇用が増えました。17年の世界パラリンピック陸上も大盛況で、パラリンピック教育がいまもレガシーとして受け継がれています。

 一方、ハード面でいうと、ロンドンの路面は伝統的な石畳などが多く、車いすユーザーにとっては実は歩きやすい環境ではありませんでした。地下鉄のエレベーターの設置率も高くなく、実は日本よりハード面のハードルは高かったようです。しかし、多民族国家ということもあり、困っている人を見かけたら誰かが必ずサポートするといった雰囲気が習慣として根付いているため、ハード面のバリア面をソフトがカバーするといった状況も見受けられたようです。

 さまざまなレガシーを残すなかで、課題もあるといわれています。障害者への目線が極端化されたことで、「スポーツをしない障害者はちょっと怠け者なんじゃないか」といった厳しい見方をする人もいました。これに対して、先ほどのCMを制作したテレビ局チャンネル4がブラジル・リオデジャネイロパラリンピックの際に新たな映像をつくりました。音楽などの芸術分野、日常生活の様子を流し、それぞれが輝く瞬間にスポットを当て、多面的なメッセージを発信したのです。

歓迎ムードで高評価のリオ

 続いて、リオパラリンピックはどうでしょうか。こちらは車いすユーザー3人を含むメンバー7人による実地調査を行いました。

 オリンピックパーク内はブロック破損や路面の粗い場所が散見され、車いすが乗車できる車両もありましたが、発着場所が分かりにくかったり故障で利用できないケースがありました。オリンピックパーク内の案内マップは現在地が目立つように目印されている点はよかったのですが、車いすユーザー用のルート表示がなく、コースの閉鎖などは反映されていないものもあり、情報面でのアクセシビリティ対応での難しさを実感しました。

 観客席では、車いすユーザーの目線に柵がちょうどあったり、ガラス柵がそもそもゆがんでいて観戦しにくい状況がありました。転落防止という安全を第一としながら車いすの目線を意識した工夫が必要でしょう。

 一方、今大会の一番の収獲はテーブルベンチの工夫でした。健常者と車いすユーザーが一緒に利用できるようにテーブルよりもベンチが短く設計され、そこに車いすを入れられるようになっていました。ベンチがテーブルの下に簡単に収納できるようになっており、車いすユーザー最大8人が一度に利用できるようになっています。見る限りでは大幅な費用をかけている印象はなく、非常に良い例でした。

車いすユーザーが簡単に使えるベンチ

 ハード面では経済状況の影響もあってかトイレ設備やエレベーター、スロープなど設備的に課題も多くありました。また、情報面のアクセシビリティでも実際に戸惑う場面もありました。一方で、ボランティアや一般の人も、スポーツを自然に楽しむ空気があり、障害者をサポートする雰囲気にあふれていました。傾斜が急で長いスロープを利用しているときに、ボランティアが「待ってました」とばかりに駆け寄ってくれ、笑顔で快く対応してくれる出来事がありました。その後の移動も非常に気分良く過ごすことができました。

 こうした結果は、日本選手129人の回答を得たアンケート調査でも表れました。エレベーターの設置数が多いなど高評価はあったものの、水回りを中心に日常生活でストレス要因が発生していました。周囲の雑音への対応ができていないなど競技に差し支えのある状況も起きており、やはりハード面の課題は指摘されました。しかし、陽気で一生懸命なボランティアや、応援を楽しむ観客の印象が強く残ったおかげで、結果として高い総合評価となりました。

 ピョンチャンパラリンピックでは冬の競技ということもあり、ハード面の課題が多くありました。普及度の低いスキー競技場の対応不足も目立ちました。言葉の壁も含めて、情報面のアクセシビリティも不十分でした。しかし、ボランティアの8割を大学生が占めていて、若い学生がにこやかに対応してくれた場面が非常に印象的でした。

日本は雰囲気醸成が不可欠

 それでは日本はどのような状況なのでしょうか。まず日本が100人の村にたとえると、障害者は6人の割合となります。となると、学校1クラスが30人と仮定すると1クラスに2人くらいの障害者がいる計算となります。

 ただ、少し古いデータになりますが、内閣府が12年に公表した障害者に関する世論調査では、障害のある人と気軽に話したり、障害のある人の手助けをしたりしたことが「ない」と答えた人は、「たまたま機会がなかったから」が83.1%と最も高く、「どのように接したらよいか分からなかったから」が15.9%と続きました。障害を理由とする差別や偏見はあると思うかという問いには「ある」が89.2%となりました。

 ここでカナダ在住の日本人パラリンピアンからの当センターに届いたメールを紹介します。この方は大学生の時に障害を負い、人生の半分ずつを健常者・障害者として過ごしてこられた経験があります。

 その方は、体の物理的な状態としての障害を指す「インペアメント」があり、インペアメントを理由に当事者からさまざまな可能性を剥奪する社会の仕組みを剥奪する「ディスアビリティ」があるとしたうえで、日本ではディスアビリティを目の当たりにしたと指摘されていました。

 久しぶりの帰国で、「私は障害者だったんだ」ということを実感させられたこと。悪いことをしたわけではないのに、社会に迷惑をかけている錯覚に囚われたこと。これらの感覚は米国やカナダでは感じることがないこと。日本では障害者を自然に受け入れられる雰囲気が乏しいという危機感がつづられていました。ちなみに、このような雰囲気を変えたいと現在はスタッフとして一緒に活動しています。

 障害者が自然に受け入れられるにはどうすればよいのか。やはり経験をしっかりと積むことだと思います。障害のある友人が2~3人いれば、自然と経験を積んでサポートができるようになるのですが、国内ではなかなかそのような機会にめぐり合うことは少なかったのではないでしょうか。

 私自身、わずか4年ほどですが、パラスポーツの仕事を通じて障害者と関わりを持ってきました。避難訓練を一緒に体験したり、雪の車いすの移動を援助したり、パラスポーツ観戦やプレーヤーとして参加したり、少しずつ経験を積んできました。

あすチャレアカデミー
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 その結果、15年11月のパラリンピック競技団体との共同オフィス、昨年6月の日本財団パラアリーナもユニバーサルデザインを取り入れた施設として完成し、多方面から評価をいただくようになりました。経験から想像力が生まれ、創造力につながったことと思います。ぜひ経験の第一歩として当センターのダイバーシティ研修「あすチャレ!アカデミー」を受けていただくなど、D&I推進の取り組みを検討いただければと思います。

かねこ・ともふみ●法政大学を卒業後、08年に日本財団に入社。総務グループを経て、東日本大震災時には災害復興支援事業に従事した。15年6月に同財団パラリンピックサポートセンターに出向。パラリンピック競技団体運営支援や教育事業などを担当する。

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