2019年10月28日 12:00 AM
令和の時代がスタートして半年が経過しようとしている。改元、そして翌年の東京五輪へと向かう日本人の消費に表れる時代の気分とはどのようなものなのだろうか。旅行事業者の売れ筋から観光消費のトレンドを探る。まずは消費の概観から。
20~30年以前には「団体旅行から個人旅行へ」などと単純なトレンドを議論していたことが、懐かしい。いま、旅行消費は非常に複雑になって、今後もインバウンドの拡大とその波及が予測されるほかに大きな流れはない。ということは細分化された個人の選好性が多種多様なトレンドとして並立することになる。だからヒット商品はあっても大ヒット商品は造り出せないだろう。このような状況を前提にして、気になる傾向を少し挙げてみたい。
強まるコスパ感覚
収入と余暇における二極化が進んで、高級と安価の二方向で旅行が定着しているが、両方向とも消費者は厳しいコスパ意識で商品を選択している。個人によって感覚の差はあるが、商品を造成する側の立場ではどこに支点を置いて価格と内容のバランスを取るかに苦慮することになる。パッケージツアー商品だと、どうしても最大公約数に落ち着くから、そこそこのレベルのコスパ重視商品になる。それに飽き足らない消費者は自分の好みで交通手段と宿泊をカスタマイズする。スマホアプリに習熟した若者はもはや定番のパッケージツアーを選択しないだろう。今後、OTA需要はますます拡大し、その中でサービスが多様化するに違いない。
バーチャル体験は敵だ
4Kの画面が普及して誰もが鮮明なバーチャル旅行映像を体験できるようになった。「兼高かおるの世界の旅」や「世界ふしぎ発見」の画面から旅行に誘発された幸せな時代は終わった。4Kの大画面はナマ以上の圧倒的な疑似体験で、これはナマ旅行の意欲を削いでしまうと思われる。法政大学の菅幹雄教授は「バーチャル疑似体験で(旅行の)欲望を満たしている」と興味ある分析をされている。とすると、ナマの旅行商品は視覚体験で勝負するのでなく、バーチャル映像では表現できないナマ感覚の魅力で勝負しなければならない。
フィクションの巡礼旅
私のような老輩にはアニメ作品の聖地巡礼現象がもうひとつピンとこないが、それでも菊田一夫作の『君の名は』によって雲仙旅行がブームになったという記憶があり、下っては『冬のソナタ』があったから特に特異な現象ではないらしい。今後は創作作品の背景となる実景を追体験したいとする行動は繰り返し成立するのだろう。熟年世代が太宰治の臭いを求めて津軽を訪れ、芭蕉の感覚を体験したくて山寺(山形県)に立ち寄ろうとするのと同じだ。『千と千尋の神隠し』の舞台となった九份 (台湾)に行ったときは私も興奮した。フィクションと旅行の関係はもっと追求してよい。
時間消費の旅行企画
現役の若者には申し訳ないが、多くの高齢者は時間つぶしに四苦八苦している。外洋クルージングが大盛況なのも、長期間を優雅に拘束してくれるからだと私は思っている。お金持ちにはこれほどラクな時間つぶしはほかに見当たらない。
日常旅行も時間つぶし企画がもっとあってよいが、旅行会社の若い企画マンにはこのあたりの感覚がわからないようだ。まず、旅行準備の段階で2~3度の学習会が必要だ。そして旅行に出かける。現地での地元との交流会。帰着後の再学習交流会と、1粒で何度もおいしい企画である。これで3カ月ほど時間を消費するのが本旨なのだ。同好会のお寺巡りのレベルではなく大学の社会人講座のフィールドリサーチを参考に商品化すればよい。コスパを間違えなければ必ずヒットする。
【続きは週刊トラベルジャーナル19年10月28日号で】[1]
茶谷幸治●ツーリズムプロデューサー。「南紀熊野体験博」「しまなみ海道’99」「長崎さるく博」「大阪あそ歩」などの総合プロデューサーを務め、一貫して地域・住民主体の地域活性化イベントを主導。著書に『まち歩きをしかける』(学芸出版社)ほか。
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