東急都市経営戦略室の山口課長が語る未来のまち

2019.10.07 01:00

日本電気(NEC)のオウンドメディア「wisdom(ウィズダム= https://wisdom.nec.com/)」はビジネスパーソン向けにセミナーを開き、東急都市経営戦略室の山口堪太郎課長がまちづくりについて語った。

 当社は、田園調布のまちを作った前身の田園都市株式会社から、100年にわたってまちづくりを続けており、東急沿線17市区にはすでに500万人超が暮らしています。当社は9月2日、東急株式会社に社名を変更しました。10月から鉄道事業を担う新会社が東急電鉄となり、東急は事業持株会社として、あらためてグループの各事業が一丸となった姿を目指します。

 沿線人口は35年ごろの560万人がピークといわれていますが、沿線都内の人口増は予想を超え、他方、郊外の高齢化は進んでいます。ここ10年余り、人口の質的・量的変化に先んじて、多様な生活者の志向に合わせてまちが変わっていくことを考え続けています。

 数年前のある機会に「2040年の都市はどのようになるのか」という問いをメンバーに投げかけました。自宅で何でも買えるようになれば、まちに行く価値って何だろうか。どこでも働けるようになれば、オフィスを構える意味って何だろうか。ライフとワークの境が薄くなれば、都市生活の姿はどのようなものになるのか。時間のかかるまちづくりには、未来の都市生活から逆算して、今から必要な機能を、事業を通してまちに実装していくことが欠かせません。

100年に1度の渋谷大改造

 東京圏では、数十年に渡ってきた、羽田空港の国際化やリニア新幹線などの都市基盤整備が完成するタイミングが、都市全体が変わる好機です。また、産業の変化に合わせて立地や都市のあり方も変わってきます。産業も今や分業ではなく、テクノロジー等との掛け合わせ、オープンイノベーションが主流です。世界中でエコシステムが生まれやすいように局地化されたイノベーションディストリクトが勃興しています。

 その成立要件は、広域からアクセスしやすく、地理的にコンパクトに、職住遊が融合し、スタートアップから大企業まで幅広いプレイヤーの集積があることで、多様性・包摂性のある渋谷の風土と非常に親和性が高くなっています。今回は、都市基盤整備、産業に絞って渋谷の今をご紹介します。

 東京圏には、世界最大級の人口規模と密度を持ち、多くの方が通勤通学に電車を利用し、故に民間企業が鉄道を運営できるという稀有な特徴があります。世界の乗降客数ランキングを例にすると、上位はほとんどが日本の駅で、新宿が1位、渋谷が2位。渋谷は鉄道4社9路線で1日300万人超が利用しています。

 一方、渋谷駅は谷底に100年余りで9駅が積み重なり、鉄道高架と首都高速道路で駅前が東西南北に分断され、また1964年の東京オリンピックの頃にまちが整備され、耐震への不安もあります。

 副都心線の直通や都市再生緊急整備地域への指定等を契機に都市基盤整備を核とした100年に1度の大改造が始まりました。産業面では行政の上位戦略として、都市観光とクリエイティブコンテンツ産業を表裏一体とする「生活文化の発信拠点」とされました。大丸有(大手町・丸の内・有楽町)を東京の表玄関だとすると、生活との近さから渋谷は勝手口と勝手ながら理解しています。

 都市基盤整備のポイントは地下5階から地上3階まで散らばる9駅からスムーズに乗り換えたり、まちに出られること。インバウンドを含め観光客にはハチ公前広場や渋谷スクランブル交差点などグランドレベルからの動線を主に、まちで暮らす・働く人は地下やデッキレベルを駆使して分断された東西南北を超えられるようにします。

 これを税金のみでやるのではなく、民間のビル事業と組み合わせてやることで今の再開発になっていますが、ストリートカルチャーのまち、渋谷では高いビルには商業を縦積みするより、産業を担うプレイヤーのオフィスや街に圧倒的に不足してきたホテル、文化的な用途を構成の主にしています。

まちの価値向上へ

 日本の産業を支えた内需が人口の停滞とともに落ち着くなか、期待される産業の1つが観光です。東京都の訪日客の動向調査で、渋谷は都内で訪問率4~5位ですが、国別では欧米や東南アジア各国の事前の期待と実際の評価がほぼ1位となっています。銀座や浅草のように団体観光バスが停められず、一時期の“爆買い”の恩恵は得られなかったということがありましたが、多様な志向を持つ個人旅行客の支持を得られているのは渋谷らしく、私は結果オーライだったと思います。

 リオデジャネイロ五輪の閉会式動画でも使われ、今や東京のアイコンともいわれるスクランブル交差点を1度に渡る方々を見ると中東系から南米系まで多国籍すぎるのはうれしい限りです。

 日本代表戦の日、令和が始まった日など、渋谷には人が集まりすぎる日がありますが、課題の1つが年末カウントダウンでした。誰も呼んでないのに多くの人が集まりかつ多国籍で、このために来日するような方もいます。せっかくナイトエコノミーを盛り上げようというなか、夜の治安も心配されるようになり、警視庁にだけ迷惑を掛けられないということで、地域・自治体・エリアマネジメントが協力し、16年末からイベント化し、人の流れを調整しながら、来街者が楽しめるような工夫を始めました。その後、地域主体で夏の盆踊りも始まりましたが、人が集まりすぎる課題の解決を通して、東京のアイコンとしてのブランドを毀損せず、できれば逆に高めていくことがポイントです。

 スクランブル交差点で写真を撮った訪日客がまちを満喫しているか、という課題認識もあります。大学生が訪日客に声がけして、やってみたいことを2時間ご一緒する企画や、訪日客のためのナイトマップを作ろうという企画が起こりました。一緒に買い物してほしい、今から何か演目を見たい、神社に参拝してみたい、公園で休みたい、コインロッカーやシャワーの場所といった需要を確認でき、その後の施策にもつながっています。

 再開発の先駆けである渋谷ヒカリエではロッカーを増設しましたし、ブロードウェイ発祥で当日の公演チケットを販売する「tkts」が開業しました。年内に開業する渋谷フクラスには、羽田・成田からのリムジンが乗り入れ、ツーリストインフォメーション「shibuya-san」が併設されます。11月に開業する渋谷スクランブルスクエアには展望施設「シブヤ スカイ」ができますが、個人的にはぜひ夜の渋谷を俯瞰していただき、「次にどこに行こう?」と考えてもらえたらと思います。

 観光というと特別なものに受け取られることがありますが、こういった機能を基礎に、食やエンターテインメントのように、日本で暮らす人のスタイルそのもの、まち全体を観光資源として満喫していただけたらと思います。

 そして、観光が消費の柱の1つとすると、両輪としてコンテンツを生産する産業が重要です。駅の西側が観光の起点となっている一方、駅の東側の渋谷川沿いの縦の産業動線を大事にしています。12年に駅東口に渋谷ヒカリエが開業してオフィス不足の解消と、交流・創発・発信の拠点づくりができ、17年に渋谷キャストが開業してクリエイターのコワーク・コリビング拠点、発信する広場ができ、18年に渋谷川の再生とセットでクリエイティブワーカーの聖地として渋谷ストリームが開業しました。

 駅の都市基盤が整備され、まちに再開発のビルだけでなく、グランドレベルにも大中小の多様なプレイヤーが交わる、交流・創発・発信の場づくりがされていることで、前述したイノベーションディストリクト成立の要件を充足しつつあります。なお、これら場の集積を、国土計画では「知的対流拠点」と表現しています。また、この線を面として広げ、「グレイターシブヤ」という広域での職住遊の融合を目指しています。

 最後に、産学公民の連携について補足します。知的対流を進化させていくのが、渋谷スクランブルスクエアの未来共創拠点「シブヤ QWS」です。ボストンやシンガポールのようにイノベーションディストリクトを牽引する「アンカー」には大学がなるケースも多いですが、QWSでは、東京・東京工業・慶應義塾・早稲田・東京都市の5大学との連携協定が結ばれ、産学で新たなものが生まれてくることを期待しています。

 そしてありがたいのが、基礎自治体である渋谷区の20年基本構想です。タイトルが「ちがいをちからに変える街。渋谷区」。まちのダイバーシティがイノベーションを生む、というそのものを表現されており、重点項目に「愛せる場所と仲間を、誰もが持てる街へ。」「あらたな文化を生みつづける街へ。」「ビジネスの冒険に満ちた街へ。」と公民連携の土台を持っていただいています。

2050年目線で目指す未来

 社名変更時に発表した長期経営構想では、50年目線で目指す未来として「東急ならではの社会価値提供による世界があこがれる街づくりの実現」を掲げています。鍵となるのはオープンイノベーションとテクノロジーであり、多様な生活者の志向や社会への寄与としてウェルビーイング、ソーシャルハーモニーを両輪に置いています。短期的には社会価値提供とビジネスは同じベクトルに乗りにくい場合もありますが、長期では一致させうるという思いでやっています。

 その実現に向けて打ち出したのがCaaS(シティ・アズ・ア・サービス)構想です。認証や決済、センシングなどを基盤としつつ、デジタルからのフィードバックをリアルの社会課題解決や都市政策に反映させていくという考えです。日本でこの構想を実現するためにコレクティブインパクトのハブのような存在になれたらと考えています。

やまぐち・かんたろう●1975年、長崎市生まれ。99年に東京急行電鉄に入社。東急沿線のマーケティング、不動産事業の中長期計画、渋谷のまちづくり等を担当。18年から現職となり、沿線の都市経営のあり方を中心に担当。

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