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観光亡国論のアレックス・カー氏が語るオーバーツーリズム

2019年9月9日 1:00 AM

読売調査研究機構は8月20日、ビジネスパーソン向けのセミナー「読売Biz東京」を開き、東洋文化研究家で古民家改修を手掛けてきたアレックス・カー氏が世界で深刻化するオーバーツーリズムの現状や対策を語った。

 世界では人口減少が大なり小なり起きています。特に深刻なのは地方で、どうやって自らを守り、維持していくかは世界共通の課題です。日本にも限界集落という言葉がありますが、本当に悲惨な状況になっています。

 しかし、まさに地方の救世主としてインバウンドが隆盛を極めています。近年は政府すら予想していない大成功を収めており、20年に訪日客4000万人を目標に掲げていますが、この目標の達成の有無にかかわらず、長い目でみればそのうち6000万人の突破も実現可能でしょう。

 私自身、急速に増える観光客の負の影響を考察した観光亡国論を唱えていますが、これは「観光振興をやめろ」ということではありません。今後旅行者がさらに増えていくなかで、観光立国の推進に向けて、受け入れ体制構築の重要性を説いていきたいのです。

オーバーツーリズムは世界的問題に

 観光の負の側面としてオーバーツーリズム問題が世界的に注目されています。イタリア・ベネチアに先日訪れましたが、人の波を気にしない昔のような自由な旅はもうできなくなりました。エベレスト山頂ですら渋滞を起こし、死亡者が出たというニュースが、頂上に登るために列をつくる登山客のショッキングな写真とともに流れました。

 日本では京都市の伏見稲荷神社が大変いい場所ですが、混雑でお客を連れていけなくなりました。嵐山の竹の径は写真ではひっそりとしていますが、実際に行くと人だかり。こうした問題は各国の主要観光地で起きており、世界の大きな流れのなかでの国内の問題なのです。

 世界的に見てもオーバーツーリズム対策で成功例はまだなく、本当の解決策は見つかっていません。ただ、うまく管理するシステムを取り入れることによって、観光立国への道につながります。深刻化しているオランダでは政府観光局が観光プロモーションを一切止めて、観光マネジメントに専念するというニュースがありました。つまり、実際に訪れた観光客のコントロールに注力する方針に切り替えたのです。

 公共交通機関や観光施設の混雑も問題で、その対応策として、国内ではいい事例がなかなか出てきていません。数少ない好例としては、江ノ島電鉄が鎌倉駅でGWなどの混雑期間に地元住民優先の日をつくる実証実験を行いました。利用者ごとに柔軟に対応を変えた例です。

観光地の成功が場所の魅力損なう

 予期していなかった意外な問題も起きています。観光地として成功すると、その場所本来の魅力がなくなるという逆転現象です。たとえば、京の台所ともいわれる錦市場。特殊な魚や漬物を住民が買い求める伝統的な市場ですが、それが大変な魅力になっていました。しかし、観光客が押し寄せてきたことで、土産や客専用のスイーツなどを売る店が増え、市場の性質が変わるということが起きました。スペインのボケリア市場も同じ問題が起きています。

 オランダ・アムステルダムは観光客専用の販売に関して規制を検討しています。旧市街で観光客だけの土産や食べ物の販売を規制しようというものです。ドイツのある市場では、出展するには協議会の許可が必要な体制を構築しました。市場の風情や方針に合っているのかという観点から審査し、ある程度の統一感を持たせています。また、イタリアのピストイアではケバブやソフトクリームの販売、外国語の看板掲示を禁止しました。

 一方、鎌倉市でも食べ歩きによるマナー違反が問題視されていますが、小町通りは今のように訪日客であふれる前から食べ歩きが元々の楽しみ方ですので、どのように折り合いをつけていくかという問題もあります。

罰金や予約制、入場料で

 やはり深刻なのが、マナーやルール違反の問題です。京都では文化財への落書き、舞妓へのいたずらや過度な写真撮影など迷惑行為が深刻化しています。たとえば、花見小路の入り口にマナーゲートをつくってはどうかと提案しています。礼儀作法やマナー講義を受けた人だけ通れるようにしましょうという提案です。

 タイ北部チェンナイのホワイトテンプルはトイレの不適切な使用などで、15年に「中国人お断り」の措置が取られました。一方、悪気がない中国人もおり、そもそもルールを知らないということがありました。そのため観光バスを降りる前にルールを周知する取り組みを始めると、結構効果があったようです。

 混雑や交通渋滞の対策として、罰金を課したり制限を設けるケースが見られます。ベネチアでは指定の観光スポットに座った場合は500ユーロの罰金を科しています。ローマのスペイン広場で座ると400ユーロを支払わなければなりません。日本では啓発キャンペーンなどが主ですが、そうした緩やかな呼びかけがどれだけの効果があるのか疑問に感じるところです。

 管理という観点からは、ネット予約システムによる人数制限も考えられます。宮内庁は以前から積極的に導入していて桂離宮は非常に気持ちよく回ることができます。高松市のイサム・ノグチ庭園美術館も導入しており、岐阜県の白川郷では冬季ライトアップに事前予約制を取り入れました。こうした取り組みは、思いつきによる立ち寄りを防ぎます。その文化や景観に本当に興味のある人が訪れるので、人数を抑制できるだけでなく、客の質も上がります。

誰でもウェルカムの時代は終わった

 ベニスでは日帰り客に10ユーロ徴収することを決め、中国安徽省の古村では入村料を徴収しています。日本は、料金を徴収したとしても非常に安い。天空の城として人気の竹田城(兵庫県)では観光客が急増した結果、15年から入場料500円を取り始めました。しかし観光客の抑制にまでは至らず、名所の一本松は周囲の土が踏み固められて枯れてしまい、伐採を余儀なくされました。

 沖縄県の竹富島は入域料300円、富士山は協力金1000円です。しかし、安いうえに任意ですので、混雑の防止には難しい。欧州ではちょっとした美術館でも1800~2500円の価格設定が当たり前なので、「誰でもウェルカムの時代は終わった」と気持ちを切り替え、大胆にやった方がいいでしょう。

 訪問客の誘導では、小田原城の例で考えてみます。小田原駅から城の裏門への道を通るのが最も近いので便利なのですが、少し回り道となる趣深いお堀端通りや正面入り口は誰も通らなくなり、さびれてしまいました。裏門を閉めてしまうなど観光客の動線を考えていかねばなりません。

 城の東200~300mに位置するかまぼこ通りという商店街がありますが、こちらにもメインのルートから誘導する方法がないのか。小田原城を起点にして、周辺のまちに観光客を呼び込む仕掛けづくりはこれからの課題でしょう。

 考えもなしに便利を提供するとマイナスの影響も起こりえます。愛媛県今治市の大山砥神社は刀剣の名所ですが、神社近くにバス駐車場を整備しました。その結果、門前町に人がまったく来なくなりました。観光客が簡単に行けるということは、町の経済的な成功と相反する場合もあるのです。

 バチカンは中心部からかなり離れた場所にしか駐車場はありません。イタリア・オルヴィエ―トも同じ。まちなかに車を通行させないような無車化の動きが高まっています。日本では、商店街などが反対しそうですが、まち歩きが増えて消費機会が増えるという逆説的な効果にも期待できるのです。

 元々は景観への配慮が目的ですが、英国のストーンヘンジ遺跡では、遺跡から2kmくらい離れた場所にビジターセンターをわざわざつくりました。手軽に行きたい人はバンに乗り、景色を眺めながら歩くことも可能で、静かで神秘的な雰囲気を維持しています。

ゼロドルツーリズムの排除へ

 ユーチューブやインスタグラムの普及は、従来の観光地図を書き換えるような観光革命といえる状況を起こしました。うさぎの島や猫の島も非常に人気を集めました。山口県の元乃隅神社はCNNで取り上げられ、SNSなどで拡散され大ブーム。政府も積極的に「インスタ映え」スポットを強調していますが、これには注意が必要です。北海道美瑛町の農地にある哲学の木は、観光客が押し寄せたことで、農作業に支障が出たことからやむをえず伐採となりました。

 ここで考えてほしいのは、ゼロドルツーリズムという言葉です。観光客の数が多ければ多いほど成功とされますが、地元にお金が落ちなければ意味がありません。団体客は客数や消費額が大きくても、悪質な場合は旅行会社やその契約店舗にしかお金が行き渡りません。タイ、カンボジア、ベトナムでは非常に問題視され、国際シンポジウムもあるくらいです。

 大きな問題が大型クルーズ客船です。クルーズ船社、その契約会社にしかお金が回らず、ベニスの調査ではクルーズによる消費は受け入れ費用の方が上回り、赤字という結果も出ました。沖縄県の奄美大島にも寄港地が造成される予定ですが、自然や景観、住民にとって果たしていいことなのでしょうか。

 私たちは徳島県の祖谷に古民家を改装した宿泊施設9軒を営んでいます。あるとき経済効果を試算してみると、大型バスの日帰り客は7万人に対し、古民家の宿泊客が3000人にもかかわらず同じ消費額となりました。古民家を訪れた1人が大型バス1台分の人数ということになります。今後、日本が観光立国を目指すならば、行き届いたコントロールとマネジメントを行い、量だけを追い求めるのでなく、質を重視する方向に転換していくべきでしょう。

Alex Kerr●1952年米国生まれ。77年に京都府亀岡市に移住し、宿泊施設の経営や伝統家屋の修繕保存事業のほか、景観コンサルタントを手掛ける。特定非営利活動法人 篪庵トラスト理事長。近著に『観光亡国論』(中公新書ラクレ)。