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高齢者が海外旅行を敬遠するのは体力の問題だけか

2019年5月6日 8:00 AM

 厚生労働省が3年に1度行う国民生活調査2016年版によれば、日本人の健康寿命は男性が72.14歳、女性は74.79歳。同年の平均寿命である男性80.98歳、女性87.14歳に比べかなり低い。健康寿命とは「介護を受けたり寝たきりになったりせずに日常生活を送れる期間」と定義される。要支援や要介護にならずとも、70歳を超えると体力に自信がなくなったという理由で欧州など長距離旅行や期間の長い旅は止めてしまうと聞く。今年、団塊世代が70歳を超える。いよいよこの大きな塊が健康寿命を迎える。

 以前、この稿で、JTB総合研究所の調査レポート「海外観光旅行の現状2018」を取り上げ、団塊世代(同調査では1946~50年生まれ)の中で過去に海外旅行へ行った経験がある人に海外旅行への今後の意向を聞いたところ、「頻度を減らしていこうと思う」(16.6%)、「行っていたが今後は行かない」(21.5%)、「行っていない、今後も行かない」(11.9%)。合わせて50.0%が海外旅行から卒業する意向を示しているということを書いた。この数字通りなら、日本の海外旅行におけるシニアマーケットはあと5年くらいで急激に萎んでいく。

 一方、日本老年学会などは2017年1月5日、65歳以上とされる「高齢者」の定義を75歳以上に見直し、前期高齢者の65~74歳は「准高齢者」として社会の支え手と捉え直すよう求める提言を発表した。年金支給開始年齢が引き上げられるのではないかという心配もあるが、とにかく高齢者は10歳若返り、少子高齢化で15歳以上65歳未満の生産年齢人口が減るなか、70歳までは働けるといわれだした。

 しかし70歳まで働いたら2年から5年ほどで健康寿命に達してしまう。第2の人生はどこかへ雲散霧消してしまうではないか。とはいえ、働けばお金の余裕もできる。働いているからこそ、たまに行く旅行は少々ぜいたくになる。65歳過ぎたら、働くのは週3日くらいにして年2回くらいは10日ほど休んで旅行に行く。そんな風に前向きに捉えるしかなかろう。

 ところで高齢者が海外旅行を敬遠しだすのは体力の問題だけだろうか。私はむしろ、トイレ事情が大きな原因だと思う。誰しも口に出してはあまり言わないが、頻尿の方やお腹を壊しがちの方は心配で観光どころではなくなる。もし失敗したらと考えると、「みじめな思いはしたくない」と旅行に行かなくなるのではないか。

 私も最近はお酒を多く飲んだ次の日はお腹が緩みがちである。いつトイレに行きたくなるか分からない。止瀉薬(ししゃやく)を常に携行し朝は早めに起きて備える。トイレに行けるところでは必ず行く。日本ならどこへ行ってもトイレに困ることはないが、海外ではそうはいかない。トイレ付き大型バスならともかく、当社が扱うデスティネーションではそんなバスを調達するのは難しい。モンゴルのようなアウトドアなら何とでもなるが街中の観光ではそうはいかない。窮地に陥るとこんな辛いことはない。

 添乗するとこういう問題での女性客のケアなどやりようがない。朝、トイレに行く時間を考慮し出発まで十分時間を取るとか、バス移動の休憩時間のインターバルを短くする、トイレを第一優先にコースを組むなど工夫するが限界がある。ネパールのダンプスという村にある当社ロッジ「つきのいえ」では一昨年、共同トイレを止め各部屋に設置した。夜中に起きて共同トイレに行くのは辛いというお客さまの声を反映してのことだ。クルーズが高齢者に人気の理由はトイレの心配がないことかもしれない。高齢者市場もまだまだ工夫次第で延命可能だと思う。

原優二●風の旅行社代表取締役社長。1956年生まれ。東京都職員、アクロス・トラベラーズ・ビューローなどを経て、91年に風の旅行社を設立し現職。2012年からJATA理事、16年から旅行産業経営塾塾長を務める。