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別にあなたでなくとも、と書いてある

2019年4月22日 8:00 AM

 平成30年間を振り返るテレビ番組や新聞を頻繁に見かけるようになり、いよいよひとつの時代が終わることを実感する。私は平成元年入社。当時「平成採」は若手を象徴する言葉だった。昭和の時代が長かったためか、新しい元号の響きはすべてを変える魔力のような感覚で捉えられていたことを覚えている。当時、明治生まれが大先輩に思えたのに、自分自身が3つ目の元号をまたぐとは思いが至らなかった。

 その、すべてを変えるはずだった平成30年間はどうだったのだろう。あっと言う間にバブルが弾けた。海外も含めた不動産と無意味な浪費にカネを使っていた企業は一気に目が覚め、緊縮へと舵を切る。安くなければモノが売れない時代が長く続き、生産拠点はコストを重視して海外へ移転する。それにより裕福になり始めたアジアを、次は生産地から一大市場と見立て、営業の場としての海外シフトが加速した。リーマンショックは米国の出来事が一昼夜足らずで世界の経済を機能停止に追いやるグローバルさを思い知ったし、同時多発テロや大震災は人間が想定しうるリスクの儚さに呆然とさせられた。

 そんな間に世界の企業の時価総額ランキング上位はアップルにグーグル、アマゾンにマイクロソフトとモノを作らない、プラットフォームを提供するだけで稼ぐサービス業ばかりになった。かつてベスト10のほとんどを占めた日本企業は40位以下で初めてトヨタ自動車が顔を出す。いまやプラットフォーマーの座を虎視眈々と狙う中国などアジアの企業が、驚くほどのテクノロジーで日本や世界に進出している。

 OTAもLCCもシェアリングエコノミーも、発想はともかくリアルなビジネスとして世界を席巻したのは日本企業ではない。いまでこそ日本でも多くのスタートアップがキャッシュレスやデジタルのソリューションで凌ぎを削るが、ツーリズム産業で世界を制した日本企業はない。

 かつて日本は世界にモノを提供する生産拠点であった。それが逆に世界を豊かにし、今度はわれわれが彼らの市場になり消費地になった。訪日外国人が増えた理由にはもちろん国を挙げたプロモーションの強化もあるが、経済学的にいえばこうした背景によるところが大きい。

 いまや日本のホテルの値段も美術館の入場料も1日乗り放題切符の価格も世界標準より驚くほど安い。サービスの最前線に働く人々の待遇はさほど改善されず、だから担い手も少ない。これから多くの訪日客を迎えるに違いない地方都市では、その増加に見合うだけの宿泊施設などのインフラ整備が急務だが、なかなかテンポが上がらない。一方で、地方旅館の経営者の多くは事業継続に不安を抱えたままだ。

 平成を託されたはずの私たちはいったい何をしてきたのだろう。一言でいえば、大して変えられなかったのに世界がすごく変わったという感じではないか。何かに追われ、誰かと戦い、何かを成し遂げようとはしたけれど、思った以上に何も変えられず内向きの流れを作ってしまったのではないか。変えたかったのに変えられなかった、悔やんでももう遅いが、せめてなぜ変えられなかったのか、それを阻害したのは何なのか、振り返りつつ考える時間を取ることが令和の時代に引き継ぐ教訓につながる。

 新元号発表の日は年度初の一大行事、新入社員研修での講義。私にとっての変動と激動の歴史を話しながら彼らの希望に満ちあふれた顔を見る。令和になってもまだまだやらねばと粋がっていたけれど、少し肩の荷が下りた気がする。そう、次は彼らに託そう。彼らの顔には「別にあなたでなくとも」と書いてある。無責任かしら。

高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役営業本部長 チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。