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『自転車泥棒』 台湾に与えた日本の影響の重さ

2019年4月15日 4:40 PM

呉明益著/天野健太郎訳/文藝春秋刊/2100円+税

 今回は台湾のちょっと不思議でユニークな小説をご紹介したい。

 物語の語り手は小説家の「ぼく」。古い自転車のコレクターでもある「ぼく」が発見した自転車が本作の軸となる。その自転車は、20年前に父が乗って失踪してしまった家族の愛機だったのだ。なぜ父は失踪してしまったのか、その20年の間、なにがあったのか。

 ストーリーの骨子はそういうことなのだが、読みどころは「ぼく」や自転車に関わってきた人々それぞれの物語だ。日本軍に徴用され、マレー半島で「銀輪部隊」の一員として戦った原住民アッバスの父バスア、そのバスアと不思議な縁で結ばれていた、父の自転車を預かっていたムー隊長。ビルマ戦線で輸送に駆り出されていたゾウたち。蝶の貼り絵で生計を立てる女性……。

 自転車をめぐり、バトンが渡されるように次々と人やモノが登場し、それぞれの物語を語り、場面も現代の台湾から水中の謎の世界、あるいは戦時下のジャングルへと移り変わっていき、壮大なスケールと叙情的な語り口で物語を読む楽しみを存分に与えてくれる。また同時に、日本が台湾と台湾の人々の人生に及ぼしてしまった影響の大きさ、重さにも思いが及ぶ。本書は世界的にも評価が高く、2018年国際ブッカー賞の候補作となった。

 なお、同作者の『歩道橋の魔術師』も訳した天野健太郎氏は、本書出版後に病のため47歳の若さで亡くなられた。同書以外にも時代に翻弄された人々を追ったノンフィクション『台湾海峡一九四九』(龍應台)、日本でも数々のミステリ賞にランクインした『13・67』(陳浩基)など、最新の台湾や中国文学・カルチャーを日本に紹介し続けてきた方で、まだまだこれからというときの病、さぞご無念だったろう。感謝とともに、ご冥福をお祈りしたい。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。