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南阿蘇、共生する着地型で産官学連携のモデル事業に

2018年10月29日 10:41 AM

清風荘のすずめの湯を視察した篠原ゼミ生

ジャルパックは跡見学園女子大学や国土交通省九州地方整備局と協力し、南阿蘇の震災復興支援に乗り出した。まずはモニターツアーを実施する。一過性の復興支援ではない。地域と観光客が共生する未来型の観光とは何か。地域が自立し着地型商品を造成・販売できる仕組みづくりにつなげる。

 阿蘇カルデラの南部、阿蘇五岳と外輪山に囲まれた南郷谷に位置する南阿蘇村。数十万年にわたる火山活動に加え、千年以上繰り返されてきた放牧や野焼きが広大な草原を形成し、人々との共生を図ってきた地域だ。阿蘇ユネスコジオパークや白川水源、一心行の大桜、温泉などを求める観光客でにぎわいを見せていたものの、16年4月の熊本地震により多くのインフラが破壊。震災前の15年に580万4000人だった観光客数は震災後の16年には302万7000人まで減少した。

 熊本地震からすでに2年以上が経過し道路の復旧工事は進んでいる。大規模な斜面崩壊で阿蘇大橋が崩落し断絶が続く国道325号も、20年の全線開通を目指す。復旧から復興への道しるべとして、新たな誘客戦略となる観光振興の仕掛けづくりが求められている。

 そんななか、ジャルパックと跡見学園女子大学の観光コミュニティ学部観光デザイン学科の篠原ゼミが手を組んだ。南阿蘇観光未来プロジェクトと銘打ち、立野峡谷を観光に生かした着地型旅行商品を企画開発する。ゼミ生は現地視察やモニターツアーを通じて、地域の観光事業者との関係を深めてきた。11月3日から1泊2日の日程で実施するモニターツアーは、ジャルパックのウェブサイト専用商品として9月20日に販売開始。ゼミ生もツアーに同行し、催行後は課題の整理や立て直しを行う。篠原靖准教授は、「南阿蘇村の目指したい未来の観光の絵姿を実現し、自立を支援することが最大の目標」との考えを示した。地元受け入れ体制の最終確立まで支援する計画だ。

外者の視点を最大限に生かす

4月に設置した立野ダムのビュースポット

 ジャルパックの国内旅行商品発表ポスターでは、阿蘇山の風景写真を利用し阿蘇地域をアピールしている。「震災を支援する意気込みを示した」と語るのは、国内企画商品第2事業部西日本グループの本間准アシスタントマネージャー。プロジェクトでは、ジャルパックとして商品造成支援・販売の中心的役割を担う。

 九州方面を担当して3年目。震災時期と重なったこともあり、復興支援に携わることを望んでいた。ダムなどのインフラツーリズムは旅行会社でもハードルが高いとしながらも、学生の力や想像を超える発想に期待を寄せた。ゼミ生には、「東京」で「観光を学ぶ学生」としての提案が求められている。

 というのも、篠原ゼミには全国各地の観光における地域活性化事例がある。昨年は群馬県長野原町の八ツ場ダムを拠点に1年間かけてプロジェクトを実施した。ガイドであるダムコンシェルジュの衣装をデザイナーと企画。見学の際にかぶるヘルメットをカラフルな色にするなど、学生ならではの視点を生かした取り組みで実績を残した。

 6月には篠原准教授と先遣隊のゼミ生5人が視察に訪れ、観光素材としての可能性を探った。プロジェクトのゼミリーダーを務める跡見学園女子大学4年生の髙濱希衣さんは熊本市出身。祖母の家は、熊本地震で大きな被害を受けた西原村にあるという。プロジェクトへの想いも強く、「継続的に続けられるよう地元の方と受け入れ整備を行いたい」と意気込む。

観光資源を磨き上げる

南阿蘇白川水源駅ではあか牛弁当を販売

 阿蘇カルデラ唯一の切れ間である立野峡谷は、阿蘇火山の成り立ちを知ることができ、岩体に入った割れ目である柱状節理など豊かな自然環境を有する。国交省九州地方整備局とも協力し、全国的に人気が高まるインフラツーリズムの視点で、22年の完成を目指し建設中の立野ダムも観光資源として整備・活用する。モニターツアーでは、実際に工事を担当する国交省職員がダム建設現場を解説しながら案内する。

 南阿蘇を象徴する観光資源も被害を受けた。モニターツアーでは、これら資源の磨き上げが求められる。南阿蘇鉄道は1985年に旧国鉄高森線から第3セクターとして誕生して以降、地域住民の足としてだけでなく、トロッコ列車の導入など観光面にも力を入れてきた。南阿蘇鉄道の中川竜一総務課長は、「乗客数の増加とともに、ソフト面でも観光客を楽しませる仕掛けが必要と考えていた」と語る。だが、その矢先に熊本地震が発生。今なお立野/中松駅区間の運転は休止している。

 一方でツアーの素材となるのは、16年7月より運転を再開している中松/高森駅区間だ。約20分ほどの乗車だが、あか牛弁当が購入できる南阿蘇白川水源駅、喫茶店がある水色のとんがり屋根の駅舎など各駅に特徴がある。これらの駅沿線にある施設にお金を落としてもらえる仕組みをつくる。モニターツアーでは、学生発案のレストラントレインを組み込んだ。沿線施設の飲食店などがランチを提供する。

 阿蘇五岳の1つである烏帽子岳に湧く地獄温泉清風荘もツアー素材の目玉となる。清風荘は200年を越える歴史ある旅館だ。5つの湯を持つ湯治宿の被災状況は厳しいが、奇跡的に土石流の被害を受けなかった湯が1つある。「すずめの湯」だ。新屋号「青風荘」として再建を進める清風荘の河津誠社長は、「できることを着実に進めたい」と話した。モニターツアーでは、ウォーキングツアーと足湯入浴を予定、社長自ら案内人となる。すずめの湯の入浴に食事をつけた日帰りプランも早々に実施の意向。「地域住民が観光客と触れ合えるようにしたい」とも話す。

 プロジェクトで手配窓口の運営母体を担うみなみあそ村観光協会の久保尭之事務局長は、「地元が観光業を続けていくことに希望を持てるかが重要」とし、村内の状況を踏まえ、コンテンツを絞り磨き上げる必要性を説く。同観光協会は19年春のDMO化を目指している。南阿蘇の魅力を生かした観光づくりができるよう、「たんぼカヤック」などを考案し、農業と連携した観光のあり方を模索している。

 19年春以降は、みなみあそ村観光協会が舵取り役となり、まずはモニターツアーに組み込んだ素材をベース(立野ダム・地獄温泉・南阿蘇トロッコ列車)とした着地型商品を開発し、販売する。ジャルパックは同観光協会が商品化を開始した直後は、オプショナルツアーとして着地型商品を販売し、送客を支援する予定だ。