2018年10月8日 8:00 AM
日本観光振興協会は2018年6月に観光経営研究会を開き、東洋大学国際観光学部の古屋秀樹教授が欧米のDMO(観光地経営組織)について紹介した。 講演では、日本版DMOのあるべき姿なども示された。
日本各地の観光協会は、国内プロモーションを担っていました。また、地域観光の要は地方自治体で、観光計画を策定し、観光予算を確保して、国内・海外のプロモーションの一部を担う形態が数多かったといえます。
しかし、訪日外国人の急増により、国は観光産業を成長エンジンの1つと捉え、基幹産業化に取り組んでいるところです。周辺諸国との激しい競合に勝ち抜くために、DMOには効果的、即時的な対応とともに、これまでの観光協会とは異なる高度な役割が求められています。
地域の独自性ある観光振興の取り組みや高次元な観光施策の展開などが
そうです。地域観光の旗振り役として、DMOはどうあるべきなのでしょうか。観光振興事業を単に行うだけではなく、地域全体のPDCAサイクル・KP(I 重要業績評価指標)の導入やブランディング戦略策定、自治体・組織の調整を担うなど高度な組織運営が不可欠となっています。
それらの高度な取り組みを強力に推進するため、最も重要な要素の1つが財源の確保です。誰からどのような形で財源を得るかを考えれば、DMOの計や運営の際に、方向性や役割がおのずと決まってくるからです。
財源と方向性、役割はセットで考える必要があるのです。財源を見ると、日本と海外は大きく異なっています。大阪観光局(地域連携DMO)を例に挙げると、公的な補助金は67%、収益事業が23%。自治体による補助金に頼っている構図がわかるでしょう。
一方で、米国・サンフランシスコで活動するサンフランシスコ・トラベル・アソシエーションの公的補助金は、全体収入のわずか9%。71%が観光改善地区制度(TID)による収入で、これは宿泊料金の一定料率を、負担金として事業者から徴収し自治体議会の議決を介さずに組織に収める仕組みです。
米国ではTIDのような制度が一般的に活用されています。歳出の割合を考えれば、それぞれのDMOが担う役割がわかってきます。大阪観光局は観光魅力創造とインフラ整備に最も多い32%を割いており、人件費31%、プロモーション13%、MICEの戦略的な誘致の推進7%と続きます。
一方、サンフランシスコ・トラベルでは人件費に最も多い49%、プロモーションに39%を充てています。これは米国DMOの収支構造の代表的な例ですが、サンフランシスコはインフラ整備などよりも誘客のためのプロモーションが主要な事業となっていることがわかるでしょう。
カルフォルニア州のソノマカウンティ・ツーリズム(ソノマ郡 DMO)も60%が TIDの収入、38%が短期滞在税になります。使途の6割は近隣からの観光客をターゲットにしたコンテンツ造成やプロモーションに割いています。宿泊税に当たる短期滞在税といった公費が多いのがソノマ郡DMOの事例となります。
では、米国は TIDがどうして発達しているのでしょうか。これには行政からの補助金が削減されてきた歴史的な経緯が関係しており、たとえばカルフォルニア州では1980年代に財政緊縮により観光分野への補助金が大きく削られる措置が取られるといったことが起きました。そのため観光組織は、独自財源を確保しなければいけない切迫した事情があったのです。
補助金が見込まれないなか、地域関係者による設置の要請を経て、事業者自らがある程度の負担を負う TIDの導入が進んできました。徴収による目的地としての競争力低下、他地域への目的地の変化が予想できることから、米国のDMOはとりわけ費用対効果への意識が高く、効率的な運営や効果的な観光振興が求められてきました。
その特徴は組織のガバナンス体制でも見て取れます。民間組織・ノンプロフィットの組織形態で、株式会社のようにステイクホルダーへの説明責任を持つ仕組みを有しています。データの活用を重要視しながら、CEOら代表者がリーダーシップを取っている印象があり、人材確保でも、DMOで育成するよりもスキルを持った人材を集めてきます。
観光地域全体で見れば、地方自治体が観光で担う役割は比較的少なく、DMOが観光振興計画を策定している事例も多くみられます。米国 DMOが多く活用する TIDの仕組みに倣って日本で導入されたのが、大阪市が15年に制度運用を始めたビジネス活性化地区(BID)です。
JR大阪駅北側の「うめきた先行開発区域」を指定し、指定地域の地権者への賦課金を原資として不動産価値を高める試みです。徴収は自治体が行いますが、活動資金は運営を担う組織が決定できることが特徴です。
この制度の効用は、自治体が保有する歩道管理を例にとると、自治体が行うような平均的水準の整備に加え、グレードの高い整備・管理が可能になるだけでなく、プロモーションやイベント開催、マーケティング活動を通じた質の高い道路空間を生かしたまちの活性化につなげることができるという点です。
観光地の事業者への賦課金徴収(旅行者の支払い額に上乗せして徴収)を基本とした米国型DMOとは異なり、欧州型は地域や社会との関連を踏まえた広範な効果を念頭に置いています。賦課金のほか、行政からの補助金が多く、DMOと地方政が一体となって観光計画や予算を策定する体制がとられています。
欧州がこのような形になったのも、米国と同様、歴史的な経緯が関係しています。たとえばフランスの長期休暇の過ごし方であるバカンスは、第2次世界大戦時の不況で労働者の不満解消のために長期休暇を設けたことが始まりでした。その延長線上として、海浜・スキーリゾートも国策の一環として発展してきました。
田舎でバカンスという風潮と衰退する農業に歯止めをかける経緯で発展した農家民泊のほか、フラン ス・アルザス地方のワイン街道、イタリアのスローシティ運動。これらをはじめとする資源を生かし地域に溶け込んだ観光の形は、社会と密接な関わりを持ちながら発展してきた証左ともいえそうです。
次に挙げる英国の例は、地域振興の仕組みでわが国に参考になります。英国における地域政策の大きな転換点は2010年の政権交代でした。これまでの地域政策は、全国各地の地域を8つの地域開発庁が担当し、中央政府による予算配分や、国務大臣による意思決定組織メンバーの任命など中央集権色が濃いものでした。
しかし、中央政府の戦略・計画が優先され、地域それぞれの実態が考慮されにくく、効率的な経営ができない課題を抱えていました。新たに始まったローカルエンタープライズパートナーシップ(LEP)はこれまでとは真逆の地域経済成長政策となります。地方政府とは異なるゾーニングで39団体が設立され、地域主導・民間主導で事業を進めました。
LEPに認定された団体はインフラ整備を担わず、観光、製造業、生命科学といった各分野を特定事業として進める特徴があります。理事会メンバーの半分は民間出身者で、代表者も民間出身です。資金獲得はプロポーザルで、政府やEU(欧州連合)が効果的と認めた場合、資金が拠出され、常に競争的な環境に置かれています。
海外事例を説明してきましたが、これを日本のDMOがどの部分を学べるか考えてみますと、日本の大都市では自立型である米国型のあり方が参考になるのではないでしょうか。一方、地方の場合はDMOで独り立ちするにはなかなか難しく、地方政府と協調して事業を進める欧州型から学べるのではないかと思っております。
DMOの財源、方向性、役割について説明してきましたが、事業の効果を把握することは重要な要素です。DMOはステイクホルダーや負担者への説明責任を負いますし、政策妥当性・効率性の評価、客観的指標に基づく事業推進が求められるからです。
日本政府観光局(JNTO)の米国版に当たるブランド USAでは非常にシビアな事業評価が行われています。主要戦略の1つに“高効果”をうたっているだけあって、国ごとのプロモーション投資額に対し、それによって新たに生じた観光客による消費額を算出しています。
さらに国立公園来訪や、フィルムツーリズムによる効果など、特定の場面に着眼して事業を評価しています。DMOが正確な効果測定を行うには、まずは基礎となるデータ把握が不可欠となってきます。ただしこれを各 DMOが個別に行うのは難しく、観光庁や JNTOなどの国レベルの組織が担うべきだと考えます。
国レベルの組織はただ単にデータを整備するだけでなく、解析・分析に近い情報まで出すことが求められます。データを読み解くことは容易ではなく、個々の DMOが来訪者の基礎的な特性把握、地域課題などを分析するよりも、担当機関がまとめて分析すればコストの圧縮が期待できます。
さらに、地域区分を超えたゴールデンルートのような広域圏での観光の動向を探ることも可能となります。DMOは PDCAサイクルの P(計画)とA(行動)に注力できることが望ましく、地域特性や個別の問題に応じて、それらのデータを活用できる環境が望ましいでしょう。データを読み解いた効果的な事業の実施に加えて、関係主体の合意形成、アウトリーチを通じた DMO組織の設立・運営が強く望まれている状況といえます。
ふるや・ひでき●1991年東京工業大学大学院修了後、筑波大学講師などを経て、現職。観光交通計画、観光行動分析が専門。ICTを活用した訪日外国人観光動態調査検討委員会委員(観光庁)を務める。東洋大学地域活性化研究所所長、日本観光振興協会客員研究員。
Copyright © TRAVEL JOURNAL, INC. ALL RIGHTS RESERVED.