出でよ分散型ホテル、日本版アルベルゴ・ディフーゾ

2018.10.08 20:00

町全体を1つのホテルに見立てる分散型ホテル
(C)iStock.com/Saran_Poroong

旺盛な訪日旅行需要などを背景に全国各地で宿泊施設の建設計画が進んでいる。そのなかで新たな宿泊形態として注目を集めるのが分散型ホテルだ。イタリアの「アルベルゴ・ディフーゾ」が原型とされる分散型ホテルがなぜいま注目されているのか。

 ホテルは一般的に、1つの建物内にレセプションや客室、レストランなどすべての機能を備えている。これに対し分散型ホテルは、一定の範囲内にフロント機能や客室機能、レストラン機能をそれぞれに有する異なる建物が点在し、ホテル機能が分散して配置されている。前者が垂直型とすれば、ある建物にレセプションがあり、別の建物には客室だけがあり、レストランはまた別の建物にあるといった水平展開のホテルを指すものだ。近年の例では、15年に篠山市に開業した篠山城下町ホテルNIPPONIAや東京・谷中のHANAREが記憶に新しい。

 こうした分散型ホテルは空き家や古民家の再生、町ぐるみの地域活性化に有効であり、なおかつ日本ならではの歴史的・文化的体験を望む訪日外国人旅行者を誘致するうえでも効果的と考えられ、最近は宿泊事業者や自治体関係者の間で急速に関心が高まっている。コンセプトや手法に多少の違いこそあれ、各地で開業や計画が進んでいる。

 分散型ホテルの原型となっているのが、イタリアで生まれたアルベルゴ・ディフーゾだ。イタリア語でアルベルゴは「宿」、ディフーゾは「分散した」という意味で、直訳すれば「分散した宿」となる。イタリアでホテル支配人や地域活性化コンサルタントなどを経て、後に国立ペルージャ大学教授も務めたジャンカルロ・ダッラーラ氏が1980年代初めに提唱した考え方だ。もともとは廃村の危機にあったイタリアの小さな美しい村々に再び活気を取り戻し、伝統保持と再生を両立させ持続可能な発展をもたらすための試みだった。

 イタリアの地方部には主のいなくなった邸宅や城などが多数あったが、活用されることもなく歴史に埋もれていくのを待つばかりだった。しかしダッラーラ氏は、こうした歴史的な価値がある建築物をホテルとして蘇らせることで観光による地域活性化を図ることができると考えた。

 問題となるのは、観光の拠点となる宿泊施設。既存型のホテルとして開業するには機能を1カ所に集約するために大きな建物と多額の投資が必要だったり、大きな敷地を確保する必要があったりする。だが、アルベルゴ・ディフーゾであれば古い建築物を改修・改装することで新築に比べ投資を抑えることができ、新しい建物を造らないため環境負荷も小さく、持続可能性も確保しやすい。

本場イタリアでは人材も重視

 こうした観点からダッラーラ氏はアルベルゴ・ディフーゾの開発に取り掛かるが、構想に基づくホテルが実際に開業したのは95年。サルディーニャ島のボーザという村で初の開業にこぎ着けた。アルベルゴ・ディフーゾを開業するためには公共の安全に関するルールに抵触しないための新たな条例づくりが必要で、ダッラーラ氏はサルディーニャ州を手始めにイタリア全土の州に条例の制定を働きかけ、20年以上をかけて2018年3月にようやく全20州で条例が制定されたところだ。

 アルベルゴ・ディフーゾ協会が定める主な要件は、(1)しっかりとした事業者が専門職として宿泊業を営み、事業としての発展を目指すものであること(民泊やB&Bのように所得を補うための補足的な事業ではないこと)、(2)ホテル基準のサービスを提供すること(レセプションの24時間対応/清掃/朝食の提供等)、(3)客室または居住スペースが複数の離れた場所に位置すること、(4)共有サービススペース(バーやレストラン、レセプション等)があること、(5)居住(宿泊)空間と共有サービススペースの間の適切な距離(最大でも200~300m)、(6)“本物”と呼べる空間が存在すること、(7)土地やその文化的特色を保ちながら経営されていること、(8)人口5000人以下の地域に立地すること――などとなっている。

 こうした要件とともにダッラーラ氏が重視するのは運営人材だ。既存のホテルは世界中どこでも基本的に同じ方法で運営されるが、アルベルゴ・ディフーゾの経営者はその土地を愛すると同時に土地と自分との物語を語り、経営者自身が土地を体現する存在であることが重要となる。それがあって初めて旅行者はその土地を本当の意味で体験し、単なる観光客ではなく一時的にその土地の住民になれるからだ。

【続きは週刊トラベルジャーナル18年10月8日号で】