ソデ振り合うもタショウの縁

2018.09.03 08:00

 仕事柄飛行機に乗ることは多いが、計画的に時間を使うことがものすごく苦手なので、機内で充実した時間が過ごせるかどうかは、その時の状況によって大きく変わってくる。ただ間違いなく言えるのは、何かしらのきっかけがあって、他のお客さまや客室乗務員と会話する機会がたくさんあった時のほうが、「いいフライトだったな」と感じることが圧倒的に多いことである。

 正確に計算したことはないが、ANAはおそらく1年間に延べ1億時間程度、お客さまを狭い機内に閉じ込めていることになる(もちろんお客さまが自らの意思で閉じ込められているのだが)。食事やお酒を楽しんだり、新作映画を観たり、仕事を片づけたりするのもいいけど、もっとその時間を有効に使うことができないものかと、チームメンバーとあれやこれや日々考えている。

 あるメンバーたちは、自分を見つめ直すための時間にすることを提案している。「内なる旅」と呼んでいるようだ。たとえば、自分にとって大切な人のことをゆっくり考えて、地上ではなかなか伝えられない想いを、空からのメッセージで届けるサービスはどうだろうか。あるいは、自分の心を整えるために、瞑想やヨガや写経などができるようにすればいいのではないか。さらには、長距離フライトの往復を使って、健康診断をすればビジネスパーソンの受診率が上がるのではないか、などなど妄想は尽きないのである。

 別のメンバーは、同じ機内に偶然乗り合わせた、知らないお客さま同士が結びつくための時間にすることを提案している。まずは、お客さま同士の共通点を見つけだす仕組みを考えている。たとえば、「海釣りが好き」「文房具オタク」「ベイスターズファン」「巣鴨高校の卒業生」…といった共通点があることがひとたびわかれば、一気に会話が弾むことは間違いないだろう。

 レアで有益な情報を交換し合う方法も考えている。羽田発長崎行きの便には、東京から長崎に出かける人と、長崎から東京に出かけて帰る人が、どちらもたくさん搭乗している。つまり、東京の人が長崎について何か知りたい時に、ディープな情報を持っている街に詳しい人が周りにたくさんいるのである。逆もまた然り。実際に、隣の席の人と話すチャンスがあって、おススメのチャンポン店を教えてもらった経験がある。さらにビジネスパーソンが多い路線では、事前座席指定などを工夫すれば、機内でのビジネスマッチングもできるかもしれない。

 「袖振り合うも多生の縁」という故事があるが、「偶然でささやかな出会いであっても、前世からの深い縁で起こるものだから大切にしよう」という意味がある。ANA が輸送する年間5000万人以上のお客さまの中で、偶然の出会いによる素敵な絆が生まれたらエアライン冥利に尽きる。

 ANAの経営理念は「安心と信頼を基礎に、世界をつなぐ心の翼で、夢にあふれる未来に貢献します」である。「世界一つながるエアライン」を目指し、もっと翼を広げて想像してみたい。

津田佳明●ANAホールディングスデジタル・デザイン・ラボ チーフ・ディレクター。1992年に東京大学を卒業後、ANA入社。旅行代理店セールス、販促プロモーション、運賃、路線計画など営業・マーケティング関連業務を担当。2013年よりANAホールディングスへ出向し経営企画課長。16年より現職。19年よりアバター準備室長を兼務。

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