Travel Journal Online

会津下郷町、魅せる芸術作品で誘客

2018年4月2日 6:21 PM

ろうそくに点火できる参加型イベントの雪月火

 会津地方の南部にある福島県会津郡下郷町。大内宿から車で約20分ほどの距離にあるなかやま花の郷公園と周辺農地で、じわじわ盛り上がりを見せ続けてきた冬のイベントがある。なかやま雪月火だ。その背景と今後のさらなる誘客の可能性を探った。

 福島県会津郡下郷町は、会津地方南部に位置し、南会津町や栃木県那須塩原市と接する。那須山系などの山々に囲まれる人口約6500人の村だ。町のほぼ中央を南西から北東に阿賀川が貫流し、100万年の歳月をかけて侵食と風化を繰り返し造りあげられた塔のへつりなど、雄大な渓谷を形成してきた。迫力ある景観が楽しめる。

 下郷町には国重要伝統的建造物群保存地区に指定された大内宿がある。江戸時代の宿場町の面影が色濃く残る観光地として有名で、今では年間平均約80万人の観光客が訪れる。だが、町内での二次交通が充実しているとはいえず、なかなかそれ以外の観光地に足が向きにくいという問題もある。「大内宿だけの賑わいが目立って」という地域住民の声もある。大内宿から車で約20分ほどの距離に位置するなかやま花の郷公園も例外ではない。

 しかし、05年に「限界集落に立ち向かう」と、なかやま花の郷公園と周辺農地の集落に住む住民らが立ち上がった。中山地区青年会メンバーが村に人を集客する方法はないかと検討を重ね、ろうそくに火を灯す冬の雪イベント「なかやま雪月火(せつげっか)」を企画した。毎年継続して実施し、じわじわと盛り上がりをみせ続け、近年では、大内宿の雪まつりに次ぐ冬のイベントとして認知度を定着させつつあるという。こだわったのは、魅せる芸術作品をつくること。13年には日本夜景遺産に認定された。今年は2月16日と17日に開催され、2日にわたる初めての試みとなった。

 幻想的空間を一緒に創る

ペットボトルに設置したろうそく

 イベント当日の点火開始時刻は午後4時30分。事前に地域住民によってミニかまくらの中に設置されたろうそくは、参加者の手によって、1つ1つ灯されていく。まさに雪の灯籠といえる作品約2000個の完成を目指し、雪で覆われた大地に明かりの輪を広げていく。対照的に徐々に暗くなる空から顔を出すうっすらとした月明かり。参加者は、ろうそくに火を灯すことで、日没後に味わう幻想的な空間を演出する一員となることができる。

 雪月火の会場となる中山地区は、周囲が山に囲まれる地域で少子高齢化が進むエリアだ。限界集落として負の要素になりがちな地形は、日本列島において中山地区に限った話ではない。だが、山々に囲まれる景観や日没後に流れる静寂な空気が、ろうそくの明かりを際立たせる。また、会場の中心となるなかやま花の郷公園には、春から夏にかけて見られる芝桜の丘や菜の花畑がある。この傾斜を利用して灯籠が設置されるので、棚田の夜祭りを彷彿させるともいわれる。

 今年は2日間かけて実施したため、ろうそく作りにかかる時間など地域住民にかかる負担も大きくなったようだ。しかし、無事終えることができた要因として、イベント開催前にミニかまくら作りや会場設営などの準備を手伝ったツアー参加者の存在があった。

 ツアーを手掛けたのは2社。1社は東武トップツアーズで、「ミニかまくら作り体験ツアー」として会場の設営など事前準備のみに参加する日帰りツアーと、事前準備とイベント参加がセットになった1泊2日の2種類を設定。宿泊先は同町にある星乃井宿を手配した。もう1社はイオンリテールだ。戊辰戦争150周年を記念した1泊2日で東北を楽しむ体験型福袋として「極上の会津旅」を売り出した。会津若松市にある鶴ヶ城や大内宿などと合わせて雪の灯籠づくりを組み込んだ。

 実行委員会である下郷町商工会の渡部恵子氏は、「今後も継続してイベントを実施するために、地域にお金を落とす仕組みづくりも重要」と語っている。そのなかで、イベント前日から地域住民と一緒にミニかまくら作りなど会場の設営を行うボランティアツアー参加者の存在は欠かせない。「来年は首都圏からのボランティアツアーを増やしたい」という意向も示している。周辺の宿に宿泊してもらうことで、町の宿泊施設の収益増にもつながるからだ。

 近隣地区とも連携する

猫の駅長で有名になった芦ノ牧温泉

 東武鉄道の特急リバティを利用すれば、浅草や北千住を出発後、約3時間30分で南会津町の主要駅である会津田島に乗り換えなしで到着できる。会津田島から下郷町までは会津鉄道を乗り継ぎ約20分。雪月火の開催期間中は、大内宿入口から雪月火会場までを無料シャトルバスが運行する。

 誘客に当たっては、近隣地区住民や町との連携が欠かせない。2日目は吹雪の中での開催となったが、実行委員会によると約1000人の参加があったという。回を重ねるごとに知名度も上がり、近隣地区もイベントへの誘客に力を入れているためだ。会津若松市にある芦ノ牧温泉など近隣の宿泊施設が宿泊者向けに、なかやま雪月火を訪れる着地型商品を作るなど新たな取り組みも進んでいるという。また、南会津町などのスキー場へのツアー客が、ついでに訪れるといった旅のスタイルも定着しつつある。

 隣接する南会津町には、雪質の良いパウダースノーが売りのスキー場があり、ウインタースポーツを満喫できる。例えば、会津高原たかつえスキー場は初心者から上級者まで楽しめるコースを幅広く備えており、修学旅行生をはじめ、プロ級のリピーターまでが訪れる。また、標高1000mのゲレンデでの冬の星空鑑賞や樹氷を見に行くアクティブツアーなどは、雪が珍しい地域から来る訪日外国人も手軽に楽しめる。

 遠東航空が台湾のチャーター便を運航する福島では、台湾からの訪日外国人が増えているが会津にはまだまだ少ない。一方で、たかつえスキー場を運営する会津アストリアホテルズでは、外国人研修生を受け入れている。鈴木昭弘ホテル営業部長は、「訪日外国人の取り込みも積極的に行いたい」と話す。

 なかやま雪月火が冬のイベントとして定着してきた今だからこそ、訪日外国人客の取り込みなど新たなフェーズに移行する機会にある。下郷町観光協会の浅沼弘志会長は、「来年は多くの訪日外国人も参加してもらいたい」と意気込む。2月16日の雪月火には、たまたま参加したというハリウッドの映画監督を魅了した。今後、近隣地区への誘客の中心的役割を担う可能性も秘めている。