旅を仕事にするということ 山田学(前旅行産業経営塾塾長)×石田言行(トリッピースCEO)

2014.06.16 08:00

海外チャータービジネス導入や地球人学校創設など数々の新機軸を打ち出し海外旅行の半世紀を築き上げた山田學氏(前・旅行産業経営塾塾長、80歳)と、インターネットを活用し消費者のアイデアを旅の形にするトリッピースの事業化で新たな半世紀を開こうとしている石田言行氏(トリッピースCEO、24歳)。50歳以上年齢の離れた2人が「旅を仕事にするということ」をテーマに語り合った。

山田 実はね、私が55歳のときに生まれた末の息子が、石田さんと同じ1989年生まれなんです。

石田 そうなんですか!?

山田 米国の友人は息子を「ミラクルボーイ」と呼びました。だから今日の対談はミラクルインタビュー(笑)。僕は、旅行の現場で43年、旅行産業経営塾を始めて15年、トータル58年間を旅行産業界で過ごしてきました。そんな人間が、これからの旅行産業を背負う石田さんのような新進気鋭の人と話ができるなんて、うれしいね。

石田 僕も光栄です。

山田 僕が就職した当時、「旅行・観光産業」という概念は全くありませんでした。社会的に認められていない産業だった。「ぽん引き」と言われて悔しい思いをしたこともある。どんな産業も歴史があって今がある。懐古するのではなく、不要なものや無駄なもの、大事にすべきものを取捨選択できれば、今流行の「レリゴー(Let it go)=ありのまま」の主役になれるんじゃないかな。今日の対談は、すれ違ってもいい。若い人がこの産業で仕事をしたいと思う要素を見つけてくれれば、成功じゃないかと思っています。

石田 そうですね。

山田 振り返ってみて、僕が今日までやってこられたのは「Travel gives life.」という言葉と出合ったからだと思っています。僕はこのゲーテの言葉を「旅は人に生きる喜びを与えるもの」と意訳しました。社会人3年目で見つけたこの言葉に僕は救われたんだよね。

石田 Travel gives life.―僕も全く違和感ありません。旅は人に感動を与えるものだと思っています。聞こえてくる言葉、街の匂い、食べるものの味……五感すべてが未知のものに浸る瞬間は旅しかありませんから。価値観は、好きな物や嫌いな物に出合って初めて自覚するもの。感動の触れ幅の大きいほど、それを強く自覚します。

山田 違和感がない、か。僕としては意訳に感動してほしいところだけどねぇ(笑)。

石田 あ、そうでしたか! ただ、おこがましいのですが、僕が生まれたときには、海外旅行も国内旅行も普通のことだったんです。初めて海外に行ったのが3歳頃。今は、バイトや仕事をがんばれば、すぐにハワイに行けてしまう時代なので、正直、旅行のありがたみが違うんですよね。

山田 そのとおりだね。時代が違う。

石田 ただ、僕自身、見向きもされず、苦しかった時期を乗り越えてこられたのは、旅の力、旅で出会う人との体験を信じていたからです。起業当初は100人中99人に「応援はするけど、失敗する」と言われましたから。

山田 旅は有形ではないから、商売にするということがわかりにくいよね。

石田 もともと差別化を考えて始めたビジネスではありませんが、抽象的かつ感覚的なことなので、伝えにくいのは確かですね。

山田 旅行は誰にでもできることだからね。「旅を仕事にする」意味合いは、そのときどきで変わってきた。僕自身の経験では、初めはパスポートやビザ、外貨の申請をする代筆屋。その次に代理業、媒介、取次と変遷した。旅行業という生業として認められたのが1970年の大阪万博あたり。それまでは必要と思われない産業だったんです。

僕が旅にこだわる理由

石田 旅行会社の役割も変わってきたと思います。今、旅行会社がかっこいいという人は減っていますよね。業界に属させてもらう身としては悔しい。旅行会社は安心安全を提供している、という認識も浸透していません。

山田 業界の努力も足りないよね。

石田 造成力だけを考えれば、消費者にも旅はできてしまう。ただ、旅は楽しい一方で危険もはらんでいます。当社も、催行は旅行会社を通していますが、万が一のときにサポートがあることをお客さんに説明しても理解してもらうのは難しい。

いしだ・いあん●1989年生まれ。2011年3月、中央大学在学中に、一般消費者がインターネット上でツアーのアイデアを投稿し、企画から集客、実施までサポートするトリッピースを事業化、会社設立した。13年までにベンチャーキャピタルなどから総額約3億円の資金調達を実施。14年1月にはシンガポールに子会社を設立し、訪日事業への進出も図っている。

山田 旅行会社もサービスを安売りしている。スーパーのバーゲン大売り出し的な広告(先着何名、数字の語呂合わせ)で旅行全体をチープな印象にしてしまう。お客さんの望みを勝手に誤解している。サービスが無料と思っている人にいくら安くしても意味がない。

石田 低価格が進み、そこで競争しているから利益も低い。人件費を抱えているので、新しいモデルにも転換できない。そこは僕も同じような疑問を抱えていますが、本質的に旅での体験はお金で買えるものではないので、プライシングで勝負しても仕方がないという思いはあります。

山田 今の旅行業界は、感動やロマンといった旅の本質をお客さんに知らせていない。石田さんの「行きたいところから始める旅の作り方」のほうが、お客さんの共感を得られるのは当たり前です。石田さんが、「旅行」ではなく「旅」を仕事にするという表現をしていることが、僕はすごくうれしいし、期待している。「旅行」は移動、「旅行」と「旅」は違う、というのは僕の持論だから。

石田 僕が「旅」にこだわっているのは、行動だけじゃなく、出会いも旅だと思っているからです。トリッピースでは、旅に行く前から、一緒に行く人たちが出会い、うちとけて、旅をして帰ってくる。それをまるごと旅の「体験」として捉え、プロデュースするのが僕たちの仕事と考えています。帰ってきた人から「ありがとう」と言われるのが何より幸せで、仕事をしているのだと思います。

山田 ITの担い手である石田さんが「旅」を全面に出してきたのは不思議だし面白いね。石田さんの前で言うのもなんだけど、旅行の部分、つまり移動はネットに任せればいい。旅をクリエイトするのが旅行会社なんです。なぜ旅行会社はインターネットを敵視し、ITの世界を敵に回すのか。インターネットは、旅行業界に「本来の旅のクリエーターになれ」と教えてくれているのだから、ありがたいと思わないといけない。旅行会社が目を覚ます大切な時期に、石田さんが目を覚ますようなことをやってくれたと思っていますよ。

石田 ただ、旅を仕事にするというのはどういうことなのかと漠然と考える自分もいます。僕は皆さんに感動を与えたいけど、与えているものはちょっと違うのではないか。供給側と需要側のずれに葛藤があります。旅行会社の人たちも同じでしょう。ネットで誰もが航空券を買えて企画できるようになった今、旅行系サービスとは何か、今一度見直してもいいと思う。山田さんのおっしゃるように、感動を与えることに執着すべきかもしれません。

旅行業という範疇はもう要らない

石田 僕は11年3月に起業して3年ですが、わからないことを理解するのがまず大変で、毎日悩んで実行して失敗して成功してつかむ、の繰り返し。迷いながら全力疾走している感じです。

山田 今は迷っているかもしれないけど、何かを見つけるんだという想いがわかる。チャレンジャーとして、どこへでも出て行って、何でも聞くという姿勢がいいよね。それをやっていってこそ必ず何かが見つかるし、経営も成功すると思います。僕は、サラリーマン時代を経て、72年にハローワールド設立以降、経営に携わってきましたが、経営は、いい人材を得ることが最も大切だと思っている。特に旅ではそれが顕著です。

石田 僕も、手探りの3年で思ったのは、やはりいい人材を雇うことに尽きるということ。いい人材を集めていいチームでいい環境で仕事をする。方針を決め、ニーズとマーケットがあれば、会社としては問題がないのではないかと思っています。

山田 ただ、僕は真の経営をやってこなかったと思うこともあるんですよ。資金調達も含め、お金で苦労したことがないから。中小旅行会社は皆お金で苦労していますね。石田さんが総額約3億円調達できたのはすごい。

石田 IT系は特に、軌道に乗せる前に時間とお金がかかるので、スピードをお金で買うという側面もあります。今は、投資という仕組みがあるので、幸いなことにこんな若造でも合計3億円ほど調達できました。運もありましたね。

山田 銀行からしかお金を借りられない時代だったら、倒産してるよね(笑)。よく投資をする人がいたなと思うけど、いずれにせよ他人からそれだけの金を預かれるのは大したもんだ。

石田 お金は手にしたら使う、使ったら稼ぐというのが僕のポリシー。金を使わない人にお金は回らないと思っているので。目標どおり株式上場できれば、IT会社、旅行会社、両方の側面で盛り上がっていけると思います。僕を信じてくれた投資家の皆さんにも投資以上のリターンをしたい。旅行業界を荒らしたいという気持ちはありません。お客様にいいものを届けるという思いだけ。業界を活性化させるためにがんばりたい。

山田 旅ほど、小さい子供から老人まで全年代に接点のある産業はありません。旅の経営に求められるものは、常にすべての年代に喜んでもらうことを考え、商品を提供すること。有形でないから難しいけど、人が喜んでくれる商売ほど幸せなことはないですよね。僕は、「幸せ産業」という産業が出てきてもいいと思っている。そして、その核になるのが旅ではないか、と。50年前になかった旅行・観光産業が今存在するんだから、20~30年先に幸せ産業があってもいいよね。

石田 本当にそうですよね。旅行会社という名前しかないことに、僕は違和感があります。

山田 そう、旅行業という範疇はもう要らない。

石田 旅行産業という言葉で自分たちの視野を狭めている気がします。

山田 そうそう。車もコンビニも、すべて幸せ産業だといわれるかもしれないけど、要はその核に旅があればいい。そうすれば僕たちがやっている価値がある。誇りに思えるよね。旅のチカラとは「人を元気にする、豊かにする、生き生きとさせる」ことなのです。

やまだ・まなぶ●1934年生まれ。56年に近畿日本ツーリスト入社。国際線チャーター導入などを手がけ航空旅客営業部長など歴任。72年にハローワールド(78年全日空ワールドに社名変更)を設立し常務取締役。「地球が教室、先生は地球、教科書も地球」をテーマにグアムで地球人学校を開く。全日空ワールド代表取締役副社長を経て、99年から2014年5月まで旅行産業経営塾塾長を務めた。同塾編集による『塾長・山田學の物語』が出版された。

五輪の民間交流で世界平和を

山田 6年後には東京で五輪が開催されますね。僕にとっては2回目の東京五輪です。

石田 僕が30歳になる年です。18~19年に株式上場して資金調達し、公式スポンサーとして名乗り出るのが理想。ただ、20年だけを意識するのではなく、日本のブランディングそのものに集中すべきだと思っています。五輪を機に1~2年は海外の人が東京を訪れてくれるでしょう。勝負は、いかに情報網を作り、日本に旅行するいいイメージをネットに根づかせられるか。同時に、来日した人が日本のどこに行くのか、どこが好きかをマーケティング調査する。今やっていることを淡々と続けるのが正しいやり方かなと思っています。

山田 1964年当時、新幹線や高速道路ができて日本そのものが大きく変わった。今度は産業そのものが変わるでしょう。ツーウェイツーリズムが発展すると思います。石田さんはインバウンドを取り込むためにシンガポールに会社を作りましたね。シンガポールから日本へだけでなく、シンガポールから香港、中国など第三国間の事業もやればいい。旅客だけがアウトバウンド、インバウンドといっているけど、貨物の世界は、日本を介さない第三国間でも広がっている。

石田 そうですね。

山田 ツーウェイツーリズムが進めば、政治の世界も動く。今起きているおかしなナショナリズムを解決するのは人が交流して理解し合うことです。ぜひそれをやってほしい。インバウンド、アウトバウンドどうのこうのではなく、人類の平和という大きな観点でやってくれたらいいと思います。

石田 まさに僕たちの次のフェーズです。実は僕の祖母は広島で被爆していて、祖父はハワイ人の血を引くハーフで、パールハーバーで亡くなったと聞いている。その祖母が小学生の僕に言ったのは、肌の色や宗教じゃなく、人は人として判断しなさいということ。その意味が、旅をするようになってわかるようになりました。出会って話して誰かを嫌いになるのは仕方がない。でも肌や宗教で判断するのはすごくさみしいことです。こうした血縁を持つ僕だからこそできることがあると思う。山田さんのおっしゃるように、解決するのは旅や交流体験です。現地で交流した後にフェイスブックなどでつながるようになれば、もっと親近感のある世界になるのではないでしょうか。こうしたことにも徐々に取り組みたいと思っています。

山田 偶然だけど、64年の東京五輪のとき、僕も30歳でした。当時は海外から選手団を乗せてくる航空便は、カラで自国に帰って、カラで迎えに来る。それを利用して日本人旅行客を乗せるチャーター便を初めて実現したんです。当時とは環境が違うけど、大きな転機は来ると思うね。20年の東京五輪はあなたの出番ですよ。

ゼロからの体験づくりで

石田 これからのツーリズムを考えるとき、僕は一回原点に戻ることが必要だと思っています。旅とは何か。人は何を求めているのか。それはどうしたら提供できるのか。そういったことを突き詰めて考えてみる。皆さん、難しく考え過ぎかもしれない。人が海外旅行になぜ行かなくなったのかといえば、楽しそうに見えないからです。海外旅行は行ってもらうものでも価格で訴求するものでもありません。行きたくなるものでなくてはいけないしその価値がある。それをどうしたら伝えられるか考えるべきです。

山田 旅を仕事にしている人間自らが旅をチープなものにしたことは大反省しないといけないね。

石田 そうですね。僕のネット上でのこだわりは2点あって、価格で検索させないこと、日程で検索させないこと。本来、旅は休みがあるから行くものではない。多少高くても行きたいと思う旅、多少仕事が忙しくても休みをとりたいと思う旅であってほしい。ITの導入で検索はしやすくなったし、旅行会社にとっては仕方がないことだと思いますが、価格や期日での検索をユーザーベネフィットとすることに僕は疑問があります。

山田 予約サイトが、自己の効率のためにお客を無視している感は否めないね。

石田 あるものを組み合わせるのではなく、ないものを生み出すことも大切だと思います。たとえば、最近流行っているのがカラーラン。走りながら色のついたでんぷんの粉を掛け合うイベントですが、それに1万人集まる。この非日常感や楽しさは、本来旅が提供していたものですよね。こうしたイベントを地方で開催し、それを周辺観光につなげていくのもひとつのやり方ではないかと。つまり、皆の求める感動を、周辺地域も考えてゼロから体験を作り出していくということです。

山田 そうだね。ツーリズムはいろいろな形でできる。地域にある宝物を材料としてもいい。僕は滋賀県長浜市の出身ですが、ひとつアイデアがあるんですよ。昔から「北近江を制する者は日本を制する」といわれていますが、姉川の合戦で織田信長、賤ヶ岳(しずがたけ)で豊臣秀吉、伊吹山の麓にある関ヶ原(岐阜県)で徳川家康が天下をとった。その合戦を追体験するような「合戦体験」ができないかと思っているんです。城など文化財はいくらでもある。みんなで真剣に考えて地域を活性化させないと日本は元気にならない。

石田 合戦体験、面白そうですね。僕らの世代に欠けているのは使命感かもしれません。人口減少で日本経済が縮小するなか、海外とつながることは重要なこと。旅は民間交流の側面もある。業界再活性化に使命感をもってやっていきたいと思います。

山田 「何をしたか」でなく、「何のためにしたか」を念頭にした活躍を期待しています。